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2025年1月15日水曜日

そんな認識でええんかいな


■ 2025-01-15
■ 近くの散歩道は、学校が休みの日など、野球少年たちが、半数はだらだらだが、はしる、走る。
■ 野球では、といっても、野球に興味はないので、正確ではないかもしれないが、・・・
  1. 空振り
  2. 三振
  3. バツター・アウト
■ などという場面がある、と思う。
  1. からぶり
  2. 空・振り
  3. 振り・ふり
  4. 振る・ふる
■ 漢字で書いたり、仮名で書いたりすると、分かるのだが、・・・
■ 百人一首の絵札を見ると、
  • 千早振る
■ と、書かれているのも多い。
■ これを、チハヤブル、と発音している。
■ 濁らないで、ちはやふる、と発音すればいいのだろうけれど、ブル、と発音している。
  1. ちはやふる
  2. 千早古
■ ふると発音すれば、「振る」でなく「古」という字もあることに気付く人もいるだろうけれど、「古」と言う文字だけでは、古女房と言う言葉もあるが、「ふる」と言いにくいのかもしれない。とにかく、・・・
  1. バス通り  バスドオリ
  2. 通り道   トオリミチ
■ この類なのだ。
■ 安東次男、と、塚本邦雄の本を比較品しながら読んでいると面白い。
■ 安東は、「振る」という文字に惑わされているようだ。
■ 塚本邦雄は、「第一、龍田川が、河川を纐纈にするのは、神代からのことであったらうに、「きかず」は聞こえぬ。」などと書いている。
■ 纐纈、これはあまり聞かない言葉だけれど、・・・
■ 絞り染めかどうかは別にしても、
■ 紅葉というは日本の自然現象であって、1000年経とうが、2000年経とうが、気候は変動するにしても、変わらない。
■ 奈良を794て平安京、1192作ろう鎌倉時代、などと年号を覚えた。
■ 現在、2025年から見れば、今から千年の昔はいつなのか、
■ 在原業平が思っていた、神代、は千年の昔かもしれないが、その頃、今から、ざっと2千年まえも、今と同じように紅葉が美しかったと考えて無理はない。
■ 塚本の言うように「聞かず」というのは、あんたが聞いてないだけやろう、そんな認識でええんかいな、ということだろう。

2024年12月28日土曜日

玉の緒

■ 2024-12-27
■ 塚本邦雄・新撰・小倉百人一首に、和泉式部の歌があった。
■ 百人一首・式子内親王の歌と並べ置いてみよう。
  1. 逢ふことを息の緒にする身にしあれば絶ゆるもいかが悲しと思はぬ  和泉式部
  2. ・・・
  3. 絶え果てば絶え果てぬべし玉の緒に君ならむとは思ひかけきや  和泉式部
  4. たまの緒よ絶えねば絶えねながらへば忍ぶることのよわりもぞする  式子内親王
■ 状況は違うけれど、式子内親王は和泉式部の歌を知っていたと思われる。
■ 和泉式部に言い寄ったのは誰か。
■ その男の歌に、・・・
絶え果てぬ
玉の緒
■ こんな言葉があったと思われる。 

2024年12月23日月曜日

昨日今日 眺めて暮らす あすか川 流れてはやき 月日なりけり  遊水


■ 2024-12-23
■ 塚本邦雄・新選・小倉百人一首に次の歌があった。
  • 昨日といひ今日と暮らして飛鳥川流れて早き月日なりけり  春道列樹
■ んっ、この人誰、と思ったが、
■ 32番 やまがはに風のかけたるしがらみは・・・、の人。
■ はるみちのつらき、か、まあいい。
■ 何度か読もうとしたが、どうも気に入らない。
■ 川は長いが、どのあたりのことを詠んだのか。
■ 流れは速いのかどうか、・・・
■ 速い流れではなさそうだ。
■ 私だったら、こう作る。
  • 昨日今日 眺めて暮らす あすか川 流れてはやき 月日なりけり  遊水

2024年11月19日火曜日

身にしむ色の秋風、をもう一度、と、蛍の歌



■ 2024-11-19
■ 塚本邦雄は新小倉百人一首の和泉式部の歌として
  • 56 秋吹くはいかなる色の風なれば身にしむばかりあはれなるらむ    和泉式部
■ この歌を上げている。
■ 「身にしむ」については以前書いた。
■ この際、これらをまとめ比較してみよう。

秋吹くはいかなる色の風なれば身にしむばかりあはれなるらむ  和泉式部
しろたへの袖の別れに露落ちて身にしむ色の秋風ぞ吹く  藤原定家
若き日は見えざりしこの風のいろ身にしむ色の風の秋なる  小島かおり
母逝きて はや幾年か 忘れども 身にしむ色の 秋風ぞ吹く  橋本遊水

■ 色は「ような」という意味。

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「いろ」は色彩の色でなく、辞書には/顔色、ようす/種類、しな/情趣、味わい/やさしさ、情け/……とあり、「風情」といつたところか。今風に言えば「カンジ」である。従って、・・・


■ さて、塚本邦雄は藤原定家の小倉百人一首を凡作だと貶すがどうだろう。
■ まあいいか、そのうち私も何か選んでみよう。
■ その一つとして

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黒髪のみだれもしらずうち臥ふせば まづかきやりし人ぞ恋しき  和泉式部


■ こんな歌を選んでいた。
■ この歌の方が塚本邦雄選よりいいと思うが、定家・小倉百人の歌は、当時の人間関係なども考えられていることを思えばそのままでもいいのかもしれない。
■ 書き並べてみよう。

あらざらむこの世の外の思ひ出に今一度の逢ふこともがな    和泉式部 藤原定家選
秋吹くはいかなる色の風なれば身にしむばかりあはれなるらむ  和泉式部 塚本邦雄選
黒髪のみだれもしらずうち臥ふせばまづかきやりし人ぞ恋しき  和泉式部 橋本遊水選

■ ・・・・

○   ○   ○

■ ついでに・・・
■ この動画で「その中から2句紹介します」と言っているが「2首」といってほしいものだ。
■ 重箱の隅ではあるけれど、・・・
■ しかし、まあ、こういう解説があるのも悪くない。
  • もの思へば沢の蛍も我が身よりあくがれいづる魂かとぞ見る   和泉式部
■ この歌も上げている。
■ そして、紫式部の評についてもふれていた。
■ 紫式部・源氏物語・玉鬘の蛍の歌は、・・・
  • 声はせで身をのみ焦がす蛍こそいふよりまさる思ひなるらめ
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■ 蛇足ながら、比較してみると面白い。

2024年11月5日火曜日

百人一首、と、菅家



■ 2024-11-05
■ 比較してみると、分かりやすい。
  • 菅家とは菅原道真のことである。
■ と、白洲正子は最初に書いている。
■ 塚本邦雄は次の歌を上げている。
■ 定家選と並べてみよう。

24 草葉には玉と見えつつ侘人の袖のなみだの秋のしらつゆ       菅家
  此のたびはぬさもとりあへず手向山紅葉のにしき神のまにまに

■ 今、北野天満宮に祭られている人・学問の神、と百人一首の歌とは必ずしも一致しない。
■ しかし、塚本の選の方が秀歌だと言えるのか、・・・
■ この歌だけからは状況がつかみにくい。
■ わたしならば、単純に

こちふかば匂ひおこせよ梅の花あるじなしとて春をわするな

■ これでいいかなという感じがする。
■ まだ、ゆとりも感じられる。
■ 百人一首の定家選の歌は、のちの怨霊と結びつきにくい。

2024年10月27日日曜日

前衛?、と、アカガシラサギを振り返る

■ よく笑う。


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2005-10-16    11:19:36

枚方市・山田池公園




■ 2024-10-27
■ Wikipedia で塚本邦雄を見ると「前衛」という言葉が出て来る。
  • 寺山修司岡井隆とともに「前衛短歌の三雄」と称され、・・・
■ 誰が「称した」のか、・・・
■ 前衛、という言葉の使い方が正しければ、今の時代を先取りもしていたはずだけれど、
■ どうだろう。
■ まあ、奇をてらったとでも言った方がいいのかもしれない。
■ 本来、言葉は、相手に伝わるものとしてなければ意味はない。
■ また、みそひと文字で、すべてをいいあらわすことなどできない。

2024年10月26日土曜日

短歌、塚本邦雄



■ 2024-10-26
■ 行きがかり上、塚本邦雄の新小倉百人一首を見てみようか、ということなった。
  1. 藤原定家・小倉百人一首
  2. 時実新子・恋歌ノート
  3. 塚本邦雄・新小倉百人一首
■ 2」の解題の最後に塚本の歌がある。
■ これは、恋の歌として、彼の代表作なのかもしれない。
  • 馬を洗はば馬のたましひ冱ゆるまで人戀はば人あやむるこころ  塚本邦雄
■ この歌の他は、と、一応、高野公彦編・現代の短歌・講談社学術文庫、をひらいてみた。
■ 私の短歌とは、ほとんど相いれない。
■ 頭で作ったという感じで、おおげさだ。
■ 「人あやむるこころ」などとしなくてもいいだろう。
■ 例えば、
  • よのなかの ふたりにひとり おみないて むねのふくらみ はだのぬくもり  遊水
■ こんな感じの、普通でいいのではないか、という気もする。

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2024年10月24日木曜日

にぎわいの 梅田の街に ふらり出て 疲れて帰る 秋の夕暮  遊水  2024-10-26 追記

新撰小倉百人一首(塚本邦雄)

■ 2024-10-23
■ 塚本邦雄は新撰小倉百人一首で定家の歌としてこの歌を上げている。
  • 見渡せば花も紅葉もなかりけり浦の苫屋の秋の夕暮  權中納言定家
■ なぜ、これにしたのか、よくわからない。
■ 白洲正子・私の百人一首、には、87寂連法師の頁に、いわゆる三夕が記されている。
■ 新古今和歌集の、361、362、363、の歌だ

さびしさはその色としもなかりけり 槙立つ山の秋の夕暮れ    寂連
心なき身にもあはれは知られけり 鴫立つさわの秋の夕暮れ    西行
見渡せば花も紅葉もなかりけり 浦の苫屋の秋の夕暮       定家

■ そして、・・・

同じ新古今の調べでも、西行だけが孤独で、自分自身の「秋の夕暮れ」を見つめていることに注意していい。

■ と書いている。
■ 要するに、白洲正子は、このみっつの中では西行の歌を評価している。
■ 百人一首に次の「秋の夕暮」の歌がある。

村雨の露もまだひぬまきの葉に霧たちのぼる秋の夕暮れ     寂連
淋しさに宿を立ちいでてながむればいずくも同じ秋の夕暮れ   良暹法師

■ 寂連の「秋の夕暮」の歌として、定家はこっちの方を取り上げた。
■ 白洲正子は、良暹法師に関しては・・・

特にこの歌をえらんだ頃は、新古今の調べも定着し、その先駆けをなす秀歌として賞翫されたのであろう。

■ としている。
■ 塚本が百人一首は凡作ばかりだとするのは、まあ、勝手といえば勝手だが、
■ 来ぬ人を、を置き換えてしまうと、なんの百人一首か分からない。
■ それに、定家の、花も紅葉もなかりけり、とする景色が秋の夕暮れなのだろうか、と思う。

見渡せば
花も紅葉もなかりけり 
浦の苫屋の
秋の夕暮

■ 自分が住んでいるわけでもない、漁師の住まいを遠くから見て、歌にしている。
■ 自分の「秋の夕暮」ではなく、寂連の「色としもなかりけり」を言い換えてみただけの歌で、いわば凡作だ。
■ それをなぜ塚本は定家の代表作のように「来ぬ人を」からこの歌に替えたのか。
■ 分からん。
■ ・・・
■ 芭蕉は、秋深き隣は何をする人ぞ、とした。
■ 会津八一は

かすがのに おしててるつきの ほがらかに あきのゆうべと なりにけるかも  八一

■ 今、百人一首から離れて、どんな秋の夕暮れを詠めばいいのだろうか、・・・

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にぎわいの 梅田の街に ふらり出て 疲れて帰る 秋の夕暮  遊水


■ 「空しく帰る」より「疲れて帰る」でいいか、とした。


2024年10月18日金曜日

塚本邦雄、と、式子内親王の歌


■ 2024-10-18
■ 塚本邦雄の新小倉百人一首を見ると、時実新子・恋歌ノートの解題にあげた歌とは違っていた。
■ 改定したようだ。
  1. 定家選  玉の緒よ絶えなば絶えね長らへば忍ぶることの弱りもぞする     式子内親王
  2. 塚本選1 恋ひ恋ひてよし見よ世にもあるべしと言ひしもあらず君を聞くらむ
  3. 塚本選2 かへりこぬ昔を今とおもひ寢の夢の枕に匂ふたちばな
■ なるほど、なるほど、・・・
■ 私は、先に次のように書いた。

  • 099
  • あのひとと ともにつかいし このまくら かおをうずめて おもいねるかな  遊水

かへりこぬ むかしをいまと おもひねの 
ゆめのまくらに にほふたちばな // 式子親王内

  • 100
  • もしおやき こころこがして こぬひとを まつほのうらの ゆうなぎろかも  遊水
 
こぬひとを まつほのうらの ゆうなぎに
やくやもしおの みもこがれつつ // 藤原定家

■ 定家選の「玉の緒よ」の歌もよくないとは思わないが「命を懸けた恋」的に解釈されると、拒否したくなる。
■ 「かえりこぬ」の歌の方が素直に心を表現していると思う。
■ また、塚本は、後鳥羽院、順徳院の歌も、そして定家の歌も入れ替えている。
■ これについては頁を新たにしよう。
■ 一人一首という制約がどれを選ぶかと、よく読み理解することにつながる。
■ 例えば、この例では、
  • 塚本選1 恋ひ恋ひてよし見よ世にもあるべしと言ひしもあらず君を聞くらむ
■ 世にもあるべし、とは理屈っぽい。


2024年10月12日土曜日

時実新子、と、百人一首、と、塚本邦雄選の百首を見る。


■ 2024-10-12
■ ・・・
時実新子「恋歌ノート」・角川文庫
そんなわけで、百人一首は私の愛唱歌だが、中でも"愛のうた恋のうた”に愛着がある。これは私が川柳を作る者として生きてきたことと深く関わりあっているように思う。なぜなら川柳は人間の思いを吐く文藝だからである。

■ 時実新子「恋歌ノート」外題、を塚本邦雄が書いている。
■ そして、そこに、彼が選んだ後半の歌が、記載されている。
■ 新撰小倉百人一首(塚本邦雄)と定家の小倉・百人一首を比較しやすく並べ置いてみよう。
■ 何を秀歌であるかは人により違う。
■ しかし、その感性を知ることはよいことだとは思う。
■ 定家は、必ずしも作者にとっての秀歌を選んだとは思えない。
■ 定家の歌を最高位としておくための一首ととらえた方がいいように思う。

藤原忠通 - Wikipedia 法性寺入道前関白太政大臣
徳大寺実定 - Wikipedia 藤原実定
藤原良経 - Wikipedia 九条良経 - Wikipedia 藤原良経 百人一首の和歌と代表作 (tankanokoto.com) 後京極摂政前太政大臣(91番)

■ とりあえず

01 朝倉や木の丸殿にわがをればなのりをしつつ行くはたが子ぞ      天智天皇
02 北山にたなびく雲の青雲の星離りゆき月を離りて           持統天皇
03 もののふの八十氏河の網代木にいさよふ波の行く方へ知らずも     柿本人麿
04 春の野に菫採つみにと來しわれぞ野をなつかしみ一夜ねにける     山邊赤人
05 あひ見ねば戀こそまされ水無瀬川何に深めて思ひそめけむ       猿丸大夫
06 うらうらに照れる春日に雲雀あがりこころ悲しも獨し念へば      中納言家持
07 あまのはらふりさけみれば春日なる三笠の山にいでし月かも      安倍仲麿
08 樹の間より見ゆるは谷の螢かもいさりにあまの海へゆくかも      喜撰法師
09 はかなしやわが身のはてよ淺綠野邊にたなびく霞と思へば       小野小町
10 世の中はとてもかくても同じこと宮も藁屋もはてしなければ     蝉丸

11 數ならばかからましやは世の中にいと悲しきはしづのをだまき     參議篁
12 末の露もとのしづくや世の中のおくれさきだつためしなるらむ     僧正遍昭
13 筑波嶺のみねより落つるみなの川戀ぞつもりて淵となりける      陽成院
14 今日櫻しづくにわが身いざ濡れむ香ごめに誘ふ風の來ぬ間に      河原左大臣
15 君がせぬわが手枕は草なれや涙の露の夜な夜なぞおく         光孝天皇
16 わくらばにとふ人あらば須磨の浦に藻鹽たれつつわぶと答へよ     中納言行平
17 狩りくらし七夕つ女に宿借らむ天の河原にわれは來にけり       在原業平朝臣
18 わが戀の數をかぞへば天の原曇りふたがりふる雨のごと        藤原敏行朝臣
19 沖つ藻を取らでややまむほのぼのと舟出しことも何によりてぞ    伊勢
20 天雲のはるばる見ゆる嶺よりも高くぞ君をおもひそめてし      元良 親王

21 もみぢ葉の流れてとまる湊にはくれなゐ深き波や立つらむ      素性法師
22 草深き霞の谷にかげかくし照る日のくれし今日にやはあらぬ     文屋康秀
23 照りもせず曇りもはてぬ春の夜の朧月夜にしくものぞなき      大江千里
24 草葉には玉と見えつつ侘人の袖のなみだの秋のしらつゆ       菅家
25 かぎりなき名におふ藤の花なればそこひも知らぬ色の深さ      三條右大臣
26 春の夜の夢のうちにも思ひきや君なき宿をゆきて見むとは      貞信公
27 來ぬ人を待つ秋風の寢覺にはわれさへあやな旅ごこちする      中納言兼輔
28 あづまぢのさやの中山なかなかにあひ見てのちぞわびしかりける   源宗于朝臣
29 春の夜の闇はあやなし梅の花色こそ見えね香やはかくるる      凡河内躬恆
30 春はなほわれにて知りぬ花盛りこころのどけき人はあらじな     壬生忠岑

31 水底に沈める花の影見れば春は深くもなりにけるかな        坂上是則
32 昨日といひ今日と暮して飛鳥川は流れて早き月日なりけり      春道列樹
33 君ならでたれにか見せむ梅の花色をも香をも知る人ぞ知る      紀友則
34 夏の月光をしまず照るときは流るる水にかげろふぞたつ       藤原興風
35 花鳥もみなゆきかひてぬばたまの夜の間に今日の夏は來にけり    紀貫之
36 滿つ潮のながれひる間を逢ひがたみみるめの浦に夜をこそ待て    清原深養父
37 波わけて見るよしもがなわたつみの底のみるめももみぢ散るやと   文屋朝康
38 おほかたの秋の空だに侘しきにものおもひそふる君にもあるかな   右近
39 かげろふに見しばかりにやはまちどり行方も知らぬ戀にまどはむ    參議等
40 天の河かはべの霧の中分けてほのかに見えし月の戀しさ       平兼盛

41 渡れどもぬるとはなしにわが見つる夢前川を誰にかたらむ       壬生忠見
42 春は惜しほととぎすまた聞かまほし思ひわづらふしづこころかな   清原元輔
43 いつとなくしづ心なきわが戀のさみだれにしも亂れそむらむ     權中納言敦忠
44 人づてに知らせてしがなかくれ沼の水籠にのみ戀ひや渡らむ     中納言朝忠
45 風早き響きの灘の船よりも生きがたかりしほどは聞ききや      謙徳公
46 妹とわれねやの風戸に晝寢して日高き夏のかげを過ぐさむ      曾根好忠
47 百千鳥聲のかぎりは鳴きふりぬまだおとづれぬものは君のみ     惠慶法師
48 夏刈の玉江の蘆を踏みしだき群れゐる鳥のたつそらぞなき      源重之
49 花散らば起きつつも見むつねよりもさやけく照らせ春の夜の月    大中臣能宣朝臣
50 露くだる星合ひの空をながめつついかで今年の秋を暮さむ      藤原義孝

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51 桂川かざしの花の影見えし昨日のふちぞ今日は戀しき        藤原實方朝臣
52 近江にかありといふなる三稜草生ふる人くるしめの筑摩江の沼    藤原道信朝臣
53 春の野につくるおもひのあまたあればいづれを君が燃ゆるとか見む  右大將道綱母
54 ひとりぬる人や知るらむ秋の夜をながしと誰か君に告げつる     儀同三司母
55 秋深き汀の菊のうつろへば波の花さへ色まさりけり         大納言公任
56 秋吹くはいかなる色の風なれば身にしむばかりあはれなるらむ    和泉式部
57 おぼつかなそれかあらぬか明暗のそらおぼれする朝顔の花      紫式部

58 はるかなるもろこしまでも行くものは秋の寢覺の心なりけり     大貳三位
59 有明の月は袂に流れつつかなしき頃の蟲の聲かな          赤染衞門
60 春の來ぬところはなきを白川のわたりにのみや花は咲くらむ     小式部内侍

61 おきあかし見つつながむる萩の上の露吹き亂る秋の夜の風      伊勢大輔
62 花もみな繁き梢になりにけりなどかわが身のなる方もなき      清少納言
63 榊葉の木綿しでかげのそのかみにおしかへしてもわたる頃かな    左京大夫道雅
64 梢には殘りもあらじ神無月なべて降りつる夜半のくれなゐ      權中納言定頼
65 わが袖を秋の草葉にくらべばやいづれか露のおきはまさると     相模
66 木この間ま洩るかたわれ月のほのかにも誰かわが身を思ひいづべき  前大僧正行尊
67 朝な朝な折れば露にぞそぼちぬる戀の袖とや磐余野の萩       周防内侍
68 あしひきの山のあなたに住む人は待たでや秋の月を見るらむ     三條院
69 山里の春の夕暮來てみれば入相の鐘に花ぞ散りける         能因法師
70 五月闇はなたちばなに吹く風は誰が里までか匂ひゆくらむ      良暹法師

71 雲拂ふ比良の嵐に月冱えて冰かさぬる眞野の浦波          大納言經信
72 袖の上の露けかりつる今宵かなこれや秋立つはじめなるらむ     祐子内親王家紀
73 こほりゐし志賀の唐崎うちとけてさざなみよする春風ぞ吹く     中納言匡房
74 何となくものぞかなしき菅原や伏見の里の秋の夕暮         源俊賴朝臣
75 高圓の野路の篠原すゑさわぎそそやこがらし今日吹きぬなり     藤原基俊
76 思ひかねそなたの空をながむればただ山の端はにかかる白雲     法性寺入道前關白太政大臣
77 花は根に鳥は古巣にかへるなり春のとまりを知る人ぞなき      崇徳院
78 夕霧に梢も見えず初瀬山入相の鐘の音ばかりして          源兼昌
79 聲高しすこしたちのけきりぎりすさこそは草の枕なりとも      左京大夫顕輔
80 たなばたの逢瀬絶えせぬ天の川いかなる秋か渡りそめけむ      待賢門院堀河

81 なごの海の霞のまよりながむれば入日をあらふ沖つ白波       後徳大寺左大臣
82 くれなゐに涙の色のなりゆくをいくしほまでと君に問はばや     道因法師
83 またや見む交野の御野の櫻狩花の雪散る春のあけぼの        皇太后宮大夫俊成
84 夢のうちに五十の春は過ぎにけり今ゆくすゑは宵のいなづま     藤原清輔朝臣
85 わが戀は今をかぎりと夕まぐれ荻吹く風のおとづれてゆく      俊惠法師
86 年たけてまた越ゆべしと思ひきや命なりけりさやの中山       西行法師
87 思ひ立つ鳥は古巣もたのむらむ馴れぬる花のあとの夕暮       寂蓮法師
88 くれなゐにかたしく袖はなりにけり涙や夜はの時雨なるらむ     皇嘉門院別當
89 かへりこぬ昔を今とおもひ寢の夢の枕に匂ふたちばな        式子内親王
90 花もまた別れむ春は思ひ出でよ咲き散るたびの心盡しを       殷富門院大輔

91 幾夜われ波にしをれて貴船川袖に玉散るもの思ふらむ        後京極攝政前太政大臣
92 夢にだに人を見よとやうたた寢の袖吹きかへす秋の夕風       二條院讃岐
93 來む年もたのめぬ上の空にだに秋風吹けば雁は來にけり       鎌倉右大臣
94 草枕むすびさだめむ方知らずならはぬ野邊の夢のかよひ路      參議雅經
95 戀ひそめし心はいつぞいそのかみ都のおくの夕暮の空        前大僧正慈圓
96 つくづくと思ひ明石の浦千鳥波の枕になくなくぞ聞く        入道前太政大臣
97 見渡せば花も紅葉もなかりけり浦の苫屋の秋の夕暮         權中納言定家
98 明けばまた越ゆべき山の峰なれや空行く月の末の白雲        従二位家隆
99 み吉野の高嶺の櫻散りにけり嵐も白き春の曙            後鳥羽院
100 おきまよふ暁の露の袖の上を濡れながら吹く秋の山風        順徳院