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2025年1月25日土曜日

第八帖・花宴、朧月夜の話

■ 2025-01-25
■ 今朝の、日本経済新聞・小説・諸田玲子・登山大名348、に源氏物語の歌が引用されていた。
  • わたくしが死んでも、名も知らぬ女として、草葉の茂る墓原までお探しになることはありません。
  • -----そんな意味か。
■ ふうむ、そんな意味として、この主人公は理解した、と作者は書いたのだろうけれど。
■ しかし、そんな意味なのかな。
■ 朧月夜の君は、第八帖・花宴に出て来る。
  • 深き夜のあはれを知るも入る月のおぼろげならぬちぎりとぞ思ふ  光源氏
  • うき身世にやがて消えなばたづねても草の原を問はじとや思ふ   朧月夜
■ 憂い多いこの世から、私が消えてしまったら、草の原を訪ねてでも、探してはくれないのかと、思います。
■ こんな意味なら小説とは逆のコトになる。
■ 本当に探してくれますか、と源氏物語の朧月夜は詠んでいる。
■ 全訳・源氏物語・与謝野晶子、では
  • 「そう、私の言ったことはあなたのだれであるかを探す努力を惜しんでいるように聞こえましたね」と言って、また、・・・(歌省略)・・・私との関係を迷惑にお思いにならないのだったら、お隠しになる必要はないじゃありませなか。わざとわからなくするのですか」
■ と書いている。
■ ここだけ読めば「うき身世に・・・」の歌が朧月夜の歌でない感じにもなるが、光源氏がいわば解説しているような感じで書かれている。
■ 花宴で、朧月夜は、結局、自分の名前をあかさず、話はおわってしまう。
■ 紫式部は、光源氏という人間を必ずしも褒めているわけではない。
■ それは、最初の、桐壺の最後の注書き的な記述で分かる。
  • 光君という名は高麗人が(勝手に)称賛してつけた名だと伝えられているとのコト
■ つまり「光君」と呼んだのは私ではないですよ、と暗に言っている。
■ 表面は、いかにも素晴らしい男との書きぶりだが、
■ 女たらしで、品性や気品に欠ける人物として描いている。
■ 歌も、強引で下手だ。
■ 人物の性格が分かるように、作者は歌を書き分けている。
■ この辺の所を理解すると、紫式部という人はすごいなと思う。
■ だから、光源氏の相手は死んだり姿を消したりする。
■ 同様に、朧月夜も名前を教えない。
■ 間接的に光源氏の行為を否定している。

2024年6月17日月曜日

あふひはなほやつみおかすべき

▲ このカワセミって千里南公園のヤツと違うかな、という感じ。枝振りに見覚えがあるような、


■ 2024-06-17


2024-06-17 桃山台駅前


2024-06-17 桃山台駅前

LUMIX TZ90だが、意外とよく撮れていた。
とっさに明るくできればよかったけれど。

2024-06-17 桃山台駅前

slidenote - Google 検索 ◀ これ、よさそう。


家紋 葵 - Google 検索
植物図鑑:アオイ科 (shotoku.ac.jp)
紫式部 與謝野晶子訳 源氏物語 葵 (aozora.gr.jp)
紫式部 與謝野晶子訳 源氏物語 まぼろし (aozora.gr.jp)


■ 2024-06-17
■ 源氏物語の「まぼろし」の歌で、何か、それでいいのかな、というのがあったので、
■ 与謝野晶子訳を見てみた。
  • おほかたは思ひ捨ててし世なれどもあふひはなほやつみおかすべき
■ ・・・
  1. あふひは
  2. なほや
  3. つみ
  4. おかす
  5. べき
■ 掛詞であろうけれど、ひとつの意味は、「罪」「犯す」だと思われる。
■ また、「あふひ」は「葵」と「逢う日」かな。
■ なんか気になったのは、これだった。↓
  • おほかたは  思ひ捨ててし  世なれども 葵はなほや  摘みをかすべき
■ 要するに、当時の宗教観、罪悪感に関係するだろう。
■ 「まぼろし」の初めに与謝野晶子の歌がある。


大空の日の光さへつくる世のやうやく
近きここちこそすれ    (晶子)


2024年5月29日水曜日

つばめのこ ここもいつつの くちあけて

与謝野晶子 - Google 検索 1878年〈明治11年〉12月7日 - 1942年〈昭和17年〉5月29日)白桜忌
■ 今日は与謝野晶子の命日だ。
  • その子二十櫛に流るる黒髪のおごりの春のうつくしきかな  与謝野晶子
  • 君はたち おごりの春の 美しき  遊水
  • 旅に出てこと新しく思わるる山の重さも雲の軽さも  与謝野晶子・白桜集
  • 紫のかがやく花と日の光思ひあはざることわりもなし  晶子
The tale of GENJI - Google 検索
限りとて分かるる路の悲しきにいかまほしきは命なりけり
Though that desired at last be come, because I go alone how gladly would I live.
■ よおわからん。
・・・


■ 2024-05-29
■ 梅田の紀伊国屋の帰りにツバメの巣をみた。
■ 帰宅後、カメラを持って行った。

つばめのこ ここもいつつの くちあけて

2024-05-29 阪急・南千里駅・前

■ ・・・
  • 薄紅梅の色をたたみて櫻餅  中村汀女
■ 575にはできなかったのか。
■ せめて、の、を省くとか
■ 梅と櫻、二つあるとうっとうしい。

薄紅梅いろをたたみて櫻餅
たたみたる 薄紅梅や さくらもち
さくらもち 薄紅梅の いろたたみ

■ この句は、そのままほっとくしかないか。

2024年3月16日土曜日

源氏物語の和歌


■ 2024-03-16
■ 日本経済新聞・土曜版・「読書」の頁、「半歩遅れの読書術」で、川野里子が
■ 木村朗子・百首で読む「源氏物語」・平凡社、を紹介し、3人の歌を上げている。
  1. 桐壺更衣  かぎりとて別るる道の悲しきにいかまほしきは命なりけり 
  2. 六条御息所 嘆きわび  空に乱るる  わが魂を 結びとどめよ  したがへのつま
  3. 紫の上   目に近く  移れば変はる  世の中を 行く末遠く  頼みけるかな
■ 源氏物語の各巻には和歌があり、これについては以前も書いた。
■ 与謝野晶子は、自作の歌を添えている。
■ 青空文庫で見られる。
■ 例えば、・・・

紫の かがやく花と 日の光 思ひあはざる ことわりもなし (晶子)

■ ・・・

■ 付記、川野里子は、

「源氏物語」を読んでもその中の和歌を意識する人は稀だろう。実は短歌を作っている私もその一人だ。

■ なんなんかねえ、
■ この人の短歌は読むに値しないかもしれない。
■ 俳句でも、奥の細道を読んだことのない人は多いようだ。
■ 文化、特に、言葉は受け継がれてゆくものだ。
■ それが基本でしょ。
■ 世に勅撰和歌集があった。
■ できれば読んだ方がいい。
■ まあ、小倉百人一首、くらいは暗記してもいい。