2025年3月22日土曜日

百人秀歌から百人一首を眺める 2025-04-02



■ これらを書き直す。

■ 2025-03-28
■ 前書き
■ 「定家好み」という言葉を何度か見たことがある。
■ だれが、どこに、どの歌について書いていたのか記憶は定かではないが、それを拾い出し考えてみるのもいいかもしれない。
■ 「定家好み」という感想が定家を、あるいは、百人一首・百人秀歌を本質的に捉えていると思う。
  • こじつけ
■ こんなことばも思い浮かぶ。
■ 人それぞれが歌を詠んでいる。
■ それぞれの思いで詠んでいる。
■ 定家の思いとは必ずしも一致するわけではない。
■ しかし、それを取り上げることで、何か定家自身の事のようにも捉えることもできる。
■ 例えば、次のように作者の名を変えても通じる心ではなかろうか。

逢てみてののちの心にくらぶれば昔はものを思うはざりけり  権中納言淳忠
逢てみてののちの心にくらぶれば昔はものを思うはざりけり  さだいえ?

■ 若い時は、誰にもある異性と接した時の初めての経験なのだ。
■ 作者名をつけることで、ああ、あれは彼の体験だよ、ということができる。
■ こうした時、その相手は誰なんだろう、と問いかけることにもなる。
■ 百人一首を読むとは、そうした「こじつけ」を見つけ出すことにひとつの楽しみがある。
■ 例えば、紀貫之の歌をどう解釈、というか、コジツケてとらえることができるか、だ。
■ 解釈ということばは使わない。
■ 解釈というなら、何らかの根拠、客観的論拠が必要だ。
■ ここでは、定家が思ったかもしれないことを、勝手に考えているだけだ。
■ 他人と論争するつもりはない。「百人一首に遊ぶ」なのだ。
■ 紀貫之の歌のところに書くけれど、定家の一つの大きな「こじつけ」的な例と見ることができる。
■ だから、?、定家は貫之を高く評価していたのではないだろうか。
■ 一般に、引用するとは、自分に引き寄せることで、言葉は適切ではないかもしれないが、こじつけ的、なのだ。
■ 一見無関係に見えることを関係があるのではないかとみるのも本質に近づく方法だ。

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■ 2025-03-22
■ 新古今和歌集と百人一首の編集方針は、
  1. 万葉集以外は過去の勅撰和歌集にある歌は原則採らない。
  2. 百人一首は勅撰和歌集から採る。
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■ 伊勢物語

陸奥の しのふもちすり 誰ゆへに 乱れそめにし 我ならなくに
ちはやふる 神よも聞かず 竜田川 からくれなゐに 水くくるとは

■ この二つの歌が百人一首に取り入れられている。
■ また、伊勢物語の歌を念頭に似た歌を選択したと思われるのもある。例えば

月やあらぬ春はむかしの春ならぬ わが身ひとつはもとの身にして 伊勢物語・在原業平
月見れば千ぢにものこそ悲しけれ 我が身一つの秋にあらねど 百人一首

■ 自ら作るならば容易かもしれないが、人の歌を選び出すのは知らないとできない。
■ 過去の勅撰和歌集からは採らないということは、過去の和歌集をよく知っていた、と言える。

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(001) 天智天皇御製 後撰集
001 あきのたのかりほのいほのとまをあらみ わかころもてはつゆにぬれつゝ

(002) 持統天皇御製 新古今集
002 はるすきてなつきにけらし白妙の ころもほすてふあまのかく山 
  • 春過而 夏来良之 白妙能 衣乾有 天之香来山  万葉集
■ 瑞穂の国の日本の天皇として「米」を詠った歌を最初にしたのは適切であったと思う。
■ 稲作に必要なのは水だ。
■ 天智天皇の娘である持統天皇、若いころは雨乞いの役を担っていたと考えられる。
■ 雨乞は、あめのかぐやま、で行った。
■ 香具山は、奈良盆地の南東端にあり、万葉集の二つ目の歌にも見られる。
■ 天智天皇の父・三十四代・舒明天皇が国見をした丘で、
国原は煙たち立つ
海原は鴎たち立つ
■ としているように、その頃、奈良湖があり、その後、水抜きし、水田が広がった。
■ google map で見ると縦横きれいな区画となっている。
■ 阿蘇山の北側も同様だ。ここも水抜きをしていた。
■ おそらく九州にいた人が奈良に移り住み、その経験が活きたのだろう。
■ 水抜きがいつのことか、藤原京の頃、或いは後の平城京との間の時期だと推定される。
■ 舒明天皇の後、皇極天皇(女性)、孝徳天皇、斉明天皇(皇極天皇と同じ人)を経て、天智天皇。弘文天皇、天武天皇の後、天武の妻・持統天皇
舒明天皇、岡本宮から田中宮(橿原市) 
天智天皇、近江大津宮
天武天皇、藤原宮
持統天皇、藤原宮
文武天皇、飛鳥岡本宮
■ 「ころもほすてふ」とあるように「衣を干したと言われる」香具山。
■ 都が平城京から平安京に移ってからの時代の、京都に住み、奈良に行ったことのなく、香具山も見たことのない人が「天」を「アマ」と読んだことで混乱した。
■ その混乱は今も続いている。
■ 香久山は、海抜 152 m だが、近くの道路を基準にすれば、65 m の高さで利用しやすい。
■ 「山」には違いないが、もともとは「阿米能」「雨の」としている丘だ。
  1. 阿米能迦具夜麻 古事記・ヤマトタケルノミコト
  2. 天之香來山   万葉集
  3. 雨の香来山   遊水
■ 香具山に多く生えていた榊の匂いと相まって雨の香が来る山と考えらていた。
■ 夏の天気が気になる。
■ 庶民が白い衣を洗濯し干しているのを見て、今年の夏が気になった。
■ 庶民は高価な色物を着られず染色してない白い衣だった。
■ 乾くまでの間、替わりに用いる衣服が少なかった庶民は寒い時期は洗濯できなかった。
■ 持統天皇は女性ゆえ、洗濯という庶民の行為を通して季節感を感じた。
■ 夏が来た、と。

はるすきて なつきにけらし しろたえの ころもほすてふ あまのかくやま 
たみびとが ころもあらいて ほしたるか このまにしろく なつはきにけり
ほらごらん なつになったと いうことよ せんたくものが みえるじゃないの

メモ、・・・

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■ 百人一首、と、百人秀歌、について、
■ だいたい、最初から 100首だったとは考えられない。
■ 多くの歌から、候補をより多く選び出し、取捨選択の過程が、当然あったはずだ。
■ その結果、この二つが残ったということに過ぎない。
■ 百人秀歌が先で、百人一首が後に作られた、という説が一般的だそうな。
■ 後先を考える前に定家が何を考えたかを意識する必要があろう。
■ まず、天智天皇、持統天皇を置いたのは、万葉集にならい、権威付けをした。
■ 「天」のつく天皇は二人で「天智」と「天武」どちらかを選ぶとすれば「武」でなく「智」の方になる。
■ 「智」は「知」でなく、天智天皇の「智」は智謀という意味合いもある。
■ 天智天皇・皇子時代の中大兄皇子は中臣 鎌足・藤原 鎌足と蘇我入鹿を暗殺し、武力で敵を排除した。
■ 藤原の時代の始まりの象徴でもある。
■ まあ、その辺のところを藤原定家が強く意識したかどうかは知らない。
■ 木節的に、春夏秋冬と考えれば、秋、夏、を逆に置き、ひとつ前に春の歌を置きたい。

春 みよしのの よしののやまの やまざくら さくらふぶきと なりにけるかも  遊水
夏 はるすぎて なつきにけらし しろたえの ころもほすてふ あまのかぐやま  持統
秋 あきのたの かりほのいほの とまをあらみ わがころもでは つゆにぬれつつ 天智

■ さて、定家は、基本的に、古今和歌集の序分にある人は取り入れようとしている。
■ 外されているのは、「そのさまいやし」と評されている大友黒主だ。

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(003) 柿本人麿 拾遺集 古今和歌集・仮名序
003 あしひきの山とりのをのしたりをの なかゝゝしよをひとりかもねん

■ 定家にとって、誰と離れて「長々しき夜を独り」で寝るのか。
■ この歌を取り上げたときの心境が最後の「来ぬ人を」につながる。
■ 次の歌もいい。
天離夷之長道従戀来者自明門倭嶋所見
天離る鄙の長道ゆ恋ひ来れば明石の門より大和島見ゆ
淡海乃海夕浪千鳥汝鳴者情毛思努尒古所念
近江の海夕波千鳥汝が鳴けば心もしのに古思ほゆ

(004) 山邊赤人 新古今集 古今和歌集・仮名序
004 たこのうらにうちいてゝみれは白妙の ふしのたかねにゆきはふりつゝ

■ 次の歌もいい。
三吉野乃象山際乃木末尒波幾許毛散和口鳥之聲可聞
み吉野の象山のまの木末にはここだも騒く鳥の声かも
若浦尒塩満来者滷乎無美葦邊乎指天多頭鳴渡 
若の浦に潮満ち来れば潟をなみ葦辺をさして鶴鳴き渡る

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 (006) 中納言家持 大伴家持 新古今集
005 かさゝきのわたせるはしにおくしもの しろきをみれはよそふけにける

■ 定家としては、独りで寝る・夜ぞ深けにける、と続けたのかもしれない。
■ 家持の歌としては別の歌を取り上げたい。例えば、・・・
■ 次の歌もいい。
宇良宇良尒照流春日尒比婆理安我里情悲毛比登里志於母倍婆
うらうらに照れる春日にひばり上がり心悲しも独りし思へば
うららかな みそらにひばり なきのぼる そのうたかなし ひとりしおもえば 遊水

(007) 安倍仲丸 古今集
006 あまのはらふりさけみれはかすかなる みかさの山にいてし月かも 


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 (011) 参議篁 古今集  
007 わたのはらやそしまかけてこきいてぬと 人にはつけよあまのつりふね

■ 



(005) 猿丸大夫 古今集 
008 おく山にもみちふみわけなくしかの こゑきくときそ秋はかなしき 

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 (016) 中納言行平 古今集  
009 たちわかれいなはの山のみねにおふる まつとしきかはいまかへりこん

 (017) 在原業平朝臣 古今集 古今和歌集・仮名序 伊勢物語
010 ちはやふる神よもきかすたつた河 からくれなゐにみつくゝるとは

■ 伊勢物語にもあるこの歌は、落語ができるほど、人を混乱させた歌だった。
■ 寄り道になるが、その落語のあらましは、回り道になるが本質的なのでとりあげよう。

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(018) 藤原敏行朝臣 古今集  
011 すみのえのきしによるなみよるさへや ゆめのかよひち人めよくらん 

■ 「すみのえ」を取り上げたかった。
■ これは、古今集の最後の、つらゆき、の歌を連想しながら読むといい。
■ そして、次の歌、「こひぞつもりて」とは、つらゆき、の恋につながる。
■ その恋は積もるのだが、成就しない。

(013) 陽成院御製 後撰集
012 つくはねのみねよりおつるみなのかは こひそつもりてふちとなりける 

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 (009) 小野小町 古今集 古今和歌集・仮名序
013 はなのいろはうつりにけりないたつらに わか身よにふるなかめせしまに
000 色見えで うつろふ物は 世の中の 人の心の 花にぞありける

■ 同じ作者の歌を並べてみると、花とか、色という言葉が、必ずしも、植物の花とか、色彩の色、ではないことに気付く。
 
はなのいろは
うつりにけりな
 
■ 「うつりにけりな」に目を移し、わが身に引いてみると、「移った」と感じられるのは「世の中」だった。

世の中はうつりにけりないたづらに我が身世にふるながめせしまに
世の中は 移ろいにけり いたずらに 我関せずと 眺めせしまに  遊水

(008) 喜撰法師 古今集 古今和歌集・仮名序 
014 わかいほはみやこのたつみしかそすむ よをうち山と人はいふなり 



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(012) 僧正遍昭 古今集 古今和歌集・仮名序
015 あまつかせ雲のかよひちふきとちよ をとめのすかたしはしとゝめん 


 (010) 蝉丸 後撰集
016 これやこのゆくもかへるもわかれつゝ しるもしらぬもあふさかのせき


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 (014) 河原左大臣 古今集 伊勢物語
017 みちのくのしのふもちすりたれゆへに みたれむとおもふ我ならなくに 

■ 陸奥、あるいは奥州藤原氏と関係があるのか
■ 河原左大臣・源融は光源氏のモデルだと言われている。物語だから誰かがモデルであろうとかまわないのだが、モデルになる人物がいた方が作りやすい。
■ この歌を取り上げたのは、歌も悪くはないが、「ヒカル」をとりあげたかったのではないだろうか。
■ 源融も源光も、天皇の子だが、「みなもと」という姓を与えられ臣下となった。
■ 紫式部のすごいと思われるのは、「ヒカル」と名付けたのは物語を書いている自分ではなく、唐の人相見だった、としているところだだ。そして、ほめそやしているが、本当のところ、主人公の性質とか品格を肯定しているわけではない。ヒカルの求める人はどこかに行ったり、死に別れたりで結局のところ主人公は幸せにならず死んでしまう。
■ 若い時は、ちやほやされたりするだろうけれど、死を迎えるというか、出家するときだろうけれど、「幻」の章での最後の歌として紫式部は書いている。
  • もの思ふと 過ぐる月日も 知らぬまに 年もわが世も 今日や尽きぬる 光源氏
■ この男の品位のなさは、同じ「幻」の歌
  • 大方は思い捨ててし世なれどもあふひはなほやつみおかすべき 光源氏
■ この相手は「紫の上」に長く使えてきた女房で、要するに、光源氏はその地位の女性と同等だと、紫式部は語っていることになる。
■ 「ひかる」の心情の下品さを「蛍」の章で「玉鬘」にはっきり言わせている。
■ もちろん紫式部本人の感想だ。
■ 「ひかる」自身はそれに気づいてない。分かってない。 
■ 人間、若い時もあれば老人にもなる。登場人物の年齢を頭に入れて読まないと間違う。
■ ここは、源氏物語について多くを語る場ではないが、紫式部は、架空の人物で虚構の小説ではなく、実のところ、現実であることを「物語」として語っている。
■ 定家は、「物語」を作り上げようとしている。
■ 連鎖、連想なのだ。 ちょうどネックレスのように鎖は隣とつながっている。
■ 個々の輪が全体として形をなす。 
■ 伊勢物語の最後に業平の歌がある。
  • つひにゆく 道とはかねて 聞きしかど きのふ今日とは 思はざりけり 業平
  • その時が いつか来るとは 知りながら 昨日今日だと 思わざりけり  遊水
■ 定家は、源氏物語の主人公にも、伊勢物語の主人公にもなれないのだが、
■ 百人一首・百人秀歌をまとめ上げて満足して死んだのではないかと思う。

(015) 光孝天皇御製 古今集
018 君かためはるのゝにいてゝわかなつむ わかころもてにゆきはふりつゝ

■ この「君」はもちろん定家にとっての君を想像しなければならない。

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こじつけ

■ こんなことばも思い浮かぶ。
■ 人それぞれが歌を詠んでいる。
■ それぞれの思いで詠んでいる。
■ 定家の思いとは必ずしも一致するわけではない。
■ しかし、それを取り上げることで、何か定家自身の事のようにも捉えることもできる。
・・・ 
■ 先にこんなことを書いたが、こじつけだ、と思わず、そんな視点もあるかもしれないという意識で読むとよい。 
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 (019) 伊勢 新古今集
019 なにはかたみしかきあしのふしのまも あはてこのよをすくしてよとや

■ しりとり遊びのような感じでとらえるといい。

(020) 元良親王 後撰集
020 わひぬれはいまはたおなしなにはなる みをつくしてもあはんとそ思 

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(028) 源宗于朝臣 古今集
021 やまさとはふゆそさひしさまさりける 人めも草もかれぬとおもへは 

(021) 素性法師 古今集
022 いまこんといひしはかりになか月の ありあけの月をまちいてつる哉 

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 (024) 菅家・菅原道真 古今集
023 このたひはぬさもとりあへすたむけ山 もみちのにしき神のまにゝゝ

■ 漢詩から和歌の時代への象徴は古今集だった。
■ 古今集の編者の前に菅原道真を配置するのは適切だったと思う。

 (030) 壬生忠岑 古今集 古今和歌集・編者
024 ありあけのつれなくみえしわかれより あかつきはかりうきものはなし

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(029) 凡河内躬恒 古今集 古今和歌集・編者
025 こゝろあてにおらはやおらんはつしもの おきまとはせる白きくのはな

(033) 紀友則 古今集 古今和歌集・編者
026 ひさかたのひかりのとけきはるの日に しつこゝろなく花のちるらん 

■ 伊勢物語にふたつの桜の歌がある。
世の中にたえて桜のなかりせば春の心はのどけからまし  在原業平
散ればこそいとど桜はめでたけれ   うき世になにか久しかるべき
■ これらの理屈っぽい歌より、こっちの方がいい、と定家は思って取り上げたのだろう。
■ 業平の歌ばかり取り上げるのも、ナンだし。 
久方の
久方ぶりの
久しぶりの
■ 桜が咲くころは、雨が降ったり風が吹いたりして、必ずしも、いつもいい日ばかりではない。今日は、久しぶりの、のどかな春だから、散ったりせずに楽しませてほしいなぁ

■ メモ
ひなざかる
あまざかる

離る(かる)
空間的に遠くなる。
時間的に遠くなる。

ふりさけ
振り向く
振り返る
「さけ」は動詞「さく(放く・離く)」の連用形。
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(022) 文屋康秀 古今集
027 ふくからに秋の草木のしほるれは むへ山風をあらしといふらん 





(035) 紀貫之 古今集 古今和歌集・編者
028 人はいさこゝろもしらすふるさとは 花そむかしのかにゝほひける 

■ 定家は、紀貫之に対して1目置いていたように思う。
■ 新古今和歌集での定家の歌の在り方と、古今和歌集の紀貫之の歌の在り方を比較するとわかる。
■ 古今集を手本としてとらえていたようだ。
■ 貫之は自分の歌集として古今和歌集を編集した。 
■ 最後に自分の歌を置いている。
  • 道しらば 摘みにもゆかん 住之江の きしに生ふてふ 恋忘れ草  つらゆき 
■ 定家も、自分ものとしての歌集を作ろうと思ったのではないか。
■ 自分の歌で最後を飾るために自分好みの過去の和歌を用いたのはいい考えだった。
■ 百人一首での他の人も1首なのだから、結局のところ、1首でいいのだ。 
■ 定家は、万葉集の歌を下敷きに「こぬひとを」と歌にしている。 
■ 定家自身の歌は、まさに、花ぞ昔の香に匂ひける、で、人のことは知らないが、私の歌は「ふるさと」であるやまと言葉の万葉集に戻ったのだと。
 
人はいさ
心も知らず
故郷は
花そ昔の
香に匂いける   
 
■ このように、自らの歌を評価するかのようにもとれる貫之の歌を選んでいる。
■ 他の歌についても定家の選択は定家のこととしてもとらえられるような歌が多い。
■ 例えば、紫式部の「雲隠れにし夜半の月」は定家のことと考えれば「月」は誰なのか。
■ 短い期間の付き合いは誰だったのか、と。

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 (031) 坂上是則 古今集
029 あさほらけありあけの月とみるまてに よしのゝさとにふれるしらゆき

 (023) 大江千里 古今集
030 月みれはちゝにものこそかなしけれ わか身ひとつの秋にはあらねと

■ この歌については、先に書いたが伊勢物語の歌と比較しながら読むとよい。

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 (034) 藤原興風 古今集
031 たれをかもしる人にせんたかさこの まつもむかしのともならなくに

(032) 春道列樹 古今集
032 山かはにかせのかけたるしからみは なかれもあへぬもみちなりけり 

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 (036) 清原深養父 古今集
033 なつのよはまたよひなからあけぬるを くものいつく[こ]に月やとるらん

(026) 貞信公 拾遺集
034 おくら山みねのもみちはこゝろあらは いまひとたひのみゆきまたなん 

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(025) 三条右大臣・藤原定方 後撰集
035 なにしおはゝあふさか山のさねかつら 人にしられてくるよしも哉 

(027) 中納言兼輔 新古今集
036 みかのはらわきてなかるゝいつみ河 いつみきとてかこひしかるらん 

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 (039) 参議等 後撰集
037 あさちふのおのゝしのはらしのふれと あまりてなとか人のこひしき

 (037) 文屋朝康 後撰集
038 白つゆにかせのふきしく秋のゝは つらぬきとめぬたまそちりける


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(038) 右近 拾遺集
039 わすらるゝ身をはおもはすちかひてし 人のいのちのをしくもある哉 

(043) 中納言敦忠 拾遺
040 あひみてのゝちの心にくらふれは むかしはものを[も]おもはさりけり 

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(040) 平兼盛 拾遺集
041 しのふれといろにいてにけりわかこひは ものやおもふと人のとふまて 

(041)壬生忠見 拾遺集
042 こひすてふ我なはまたきたちにけり ひとしれすこそ思ひそめしか

■ 百人一首の並びは、奇数・偶数、奇数・偶数、ではない。
■ 村上天皇は「しのぶれど」を選んだようだが、定家は、「こひすてふ」の方がいいと思ったのではないか。

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(045) 謙徳公 拾遺集 
043 あはれともいふへき人はおもほえて 身のいたつらになりぬへきかな 

 (044) 中納言朝忠 拾遺
044 あふことのたえてしなくはなかゝゝに 人をも身をもうらみさらまし

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 (042) 清原元輔 後拾遺集
045 ちきりきなかたみに袖をしほりつゝ すゑのまつ山なみこさしとは

 (048) 源重之 詞花集
046 かせをいたみいはうつなみのをのれのみ くたけてものを思ころかな

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 (046) 曽祢好忠 新古今集
047 ゆらのとをわたるふな人かちをたえ ゆくへもしらぬこひのみちかな

(049) 大中臣能宣朝臣 詞花集
048 みかきもり衛士のたくひのよるはもえ ひるはきえつゝものをこそ思へ 



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 (050) 藤原義孝 後拾遺集
049 君かためをしからさりしいのちさへ なかくもかなと思ぬるかな

(051) 藤原實方朝臣 後拾遺集
050 かくとたにえやはいふきのさしもくさ さしもしらしなもゆる思を 

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(052) 藤原道信朝臣 後拾遺集
051 あけぬれはくるゝものとはしりなから なをうらめしきあさほらけ哉 

(047) 恵慶法師 拾遺集  
052 やへむくらしけれるやとのさひしきに 人こそみえね秋はきにけり 

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一条院皇后宮 藤原定子 ■ 後拾遺集
053 よもすからちきりしことをわすれすは こひんなみたのいろそゆかしき

(068) 三条院御製 後拾遺
054 こゝろにもあらてうきよになからへは こひしかるへきよはの月かな 



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(054) 儀同三司母 新古今集
055 わすれしのゆくすゑまてはかたけれは けふをかきりのいのちともかな 

(053) 右大将道綱母 拾遺集  
056 なけきつゝひとりぬるよのあくるまは いかにひさしきものとかはしる 

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 (069) 能因法師 後拾遺集
057 あらしふくみむろの山のもみちはゝ たつたのかはのにしきなりけり

 (070) 良暹法師 後拾遺集
058 さひしさにやとをたちいてゝなかむれは いつくもおなし秋のゆふくれ


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(055) 大納言公任 拾遺集  
059 たきのおとはたえてひさしくなりぬれと なこそなかれてなをとまりけれ 

(062) 清少納言 後拾遺集
060 よをこめてとりのそらねにはかるとも よにあふさかのせきはゆるさし 

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 (056) 和泉式部 後拾遺集
061 あらさらんこのよのほかの思いてに いまひとたひのあふことも哉

 (058) 大貳三位 後拾遺
062 ありま山ゐなのさゝはらかせふけは いてそよ人をわすれやはする

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 (059) 赤染右衛門 後拾遺集
063 やすらはてねなましものをさよふけて かたふくまての月をみしかな

 (057) 紫式部 新古今集
064 めくりあひてみしやそれともわかぬまに くもかくれにしよはの月かな



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(061) 伊勢大輔 詞花集
065 いにしへのならのみやこのやへさくら けふこゝのへにゝほひぬるかな 

(060) 小式部内侍 金葉集
066 おほえ山いくのゝみちのとをけれは またふみもみすあまのはしたて 

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 (064) 権中納言定頼 千載集
067 あさほらけうちの河きりたえゝゝに あらはれわたるせゝのあしろき

(063) 左京大夫道雅 後拾遺集
068 いまはたゝ思たえなんとはかりを 人つてならていふよしもかな 

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 (067) 周防内侍 千載集
069 はるのよのゆめはかりなるたまくらに かひなくたゝむなこそをしけれ

 (071) 大納言経信 金葉集
070 ゆふされはかとたのいなはおとつれて あしのまろやに秋かせそふく

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(066) 前大僧正行尊 金葉集
071 もろともにあはれとおもへ山さくら 花よりほかにしる人もなし 

(073) 前中納言匡房 後拾遺
072 たかさこのおのへのさくらさきにけり とやまのかすみたゝすもあらなん 

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権中納言国信 ■ 新古今集
073 かすかのゝしたもえわたるくさのうへに つれなくみゆるはるのあはゆき

 (072) 祐子内親王家紀伊 金葉集
074 おとにきくたかしのはまのあたなみは かけしや袖のぬれもこそすれ

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 (065) 相模 後拾遺集
075 うらみわひぬほさぬそてたにある物を こひにくちなんなこそおしけれ

源俊頼朝臣 ★
076 山さくらさきそめしよりひさかたの くもゐにみゆるたきの白いと
 (074) 源俊頼朝臣 金葉集
     うかりける人を初瀬の山おろし はけしかれとはいのらぬものを

■ 「うかりける」の歌と、後鳥羽院・親子の歌が百人一首と百人秀歌の大きな違いだ。


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(077) 崇徳院御製 詞花集
077 せをはやみいはにせかるゝたきかはの われてすゑにもあはんとそ思 

 (080) 待賢門院堀川 千載集
078 なかゝらんこゝろもしらすくろかみの みたれてけさはものをこそ思へ

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 (076) 法性寺入道前関白太政大臣 詞花集
079 わたのはらこきいてゝみれはひさかたの くもゐにまかふおきつしらなみ

(079) 左京大夫顕輔 新古今集
080 秋かせにたなひく雲のたえまより もりいつる月のかけのさやけさ 

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 (078) 源兼昌 金葉集
081 あはちしまかよふちとりのなくこゑに いくよめさめぬすまのせきもり

 (075) 藤原基俊 千載集
082 ちきりをきしさせもかつゆをいのちにて あはれことしの秋もいぬめり

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 (082) 道因法師 千載集
083 おもひわひさてもいのちはある物を うきにたえぬはなみたなりけり

 (084) 藤原清輔朝臣 新古今集
084 なからへはまたこのころやしのはれん うしとみしよそいまはこひしき

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 (085) 俊恵法師 千載集
085 よもすからもの思ころはあけやらぬ ねやのひまさへつれなかりけり

 (081) 後徳大寺左大臣 千載集
086 ほとゝきすなきつるかたをなかむれは たゝありあけの月そのこれる

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(083) 皇太后宮大夫俊成 千載集
087 よの中よみちこそなけれおもひいる 山のおくにもしかそなくなる 

(086) 西行法師 千載集
088 なけゝとて月やはものをおもはする かこちかほなる我なみたかな 



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 (088) 皇嘉門院別当 千載集
089 なにはえのあしのかりねのひとよゆへ 身をつくしてやこひわたるへき

権中納言長方 ■ 新古今集
090 きのくにのゆらのみさきにひろふてふ たまさかにたにあひみてしがな

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 (090) 殷富門院大輔 千載集
091 みせはやなをしまのあまのそてたにも ぬれにそぬれしいろはかはらす

 (089) 式子内親王 新古今集
092 たまのをよたえなはたえねなからへは しのふることのよはりもそする


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 (087) 寂蓮法師 新古今集
093 むらさめのつゆもまたひぬまきのはに きりたちのほる秋のゆふくれ

 (092) 二条院讃岐 千載集
094 わか袖はしほひにみえぬおきのいしの 人こそしらねかはくまもなし

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 (091) 後京極摂政前太政大臣 九条良経 新古今集
095 きりゝゝすなくやしもよのさむしろに ころもかたしきひとりかもねん

■ 九条良経は新古今和歌集の際、後鳥羽院とともにあれこれ口出しした。
■ 38歳で死亡。百人一首夕話に、天井から槍で突き殺されたとある。
■「衣片敷」は独り寝るのことだから馬から落ちて落馬するようなものだ。
■ 柿本人麻呂の「独りかも寝ん」は定家自身の感慨であったろうが、この人の「独りかも寝ん」は恨みをかい暗殺されるような彼自身の実際の孤独さを暗示しているのか。
■ 歌人としては、いい歌を作っている。例えば、新古今和歌集の最初の歌。
  • み吉野は山もかすみて白雪のふりにし里に春は来にけり
■ いい歌を作り書が上手かったようだが、だからといって評価するかどうかは別だ。
■ 定家は、彼に好意を持っていたとは言えない感じだ。

(095) 前大僧正慈圓 千載集
096 おほけなくうきよのたみにおほふかな 我たつそまにすみそめのそて 

■ いかにも坊主の歌だ。
■ しかし、暗殺されるような人間とは違い、お口直し的に置いた感じもする。

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 (094) 参議雅経 新古今集 
097 みよしのゝ山の秋かせさよふけて ふるさとさむくころもうつなり

(093) 鎌倉右大臣 源実朝  新古今集
098 よのなかはつねにもかもななきさこく あまのをふねのつなてかなしも 

■ 仮に師弟関係、ととらえるなら、師は俊頼であり、弟子は実朝だと思われる。
■ そのような意味で、百人一首と比較すると間近に配置している。
■ 定家は、実朝に新古今和歌集を贈るなどしている。 
■ 実朝は頼朝の歌を見たくて求めた。次の二首だ。
 
陸奥の 言はで忍ぶは えぞ知らぬ 書き尽くしてよ 壺の碑 新古今・雑・1786
道すがら 富士の煙もわかざりき 晴るるまもなき 空のけしきに 新古今・旅・975
 
つぼのいしぶみ - Wikipedia

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 (098) 正三位家隆 新古今集  
099 かせそよくならのをかはのゆふくれは みそきそなつのしるしなりける

■ 禊は何に関するみそぎなのか。
■ あるいは後鳥羽院が関係するのかもしれない。

 (097) 権中納言定家  新古今集
100 こぬ人をまつほのうらのゆふなきに やくやもしほの身もこかれつゝ

■ この歌は、才走るとでも言うか、書で言う若書きの歌だ。
■ 最後を飾るのだから、もう少し落ち着いた歌でもよかったように思う。
  • 藻塩焼き 心こがして 来ぬ人を まつほの浦の 夕凪ろかも  遊水
■ この歌を最後に置くことで彼自身の歌集とすることができた。
■ しかも、手本にした古今和歌集の紀貫之を越えることができた。
■ つらゆき、の歌をもう一度上げてみよう。
  • 道しらば摘みにもゆかぬ 住江のきしに生ふてふ恋忘れぐさ  つらゆき
■ 定家の歌と並べ置いてみれば、貫之は恋に負け、定家は恋に勝っている。

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(096) 入道前太政大臣 新古今集  
101 はなさそふあらしのにはのゆきならて ふりゆくものは我身なりけり

■ 定家は、自分も年を取ったものだ、との感慨にふけりつつ、まとめ上げた満足感に満たされて、これをとりあげているかのようだ。
■ この人は「花誘う」という言葉を使いたかったのだろうが、「嵐の庭の雪」とするのは何か非論理的表現だ。
■ 「桜吹雪」と「年齢」であるはず。
■ それを考え、次のように改作した。
嵐吹く 庭の桜の 雪ならで ふりゆくものは 我が身なりけり  遊水
■ ・・・
■ 「はなさそふ」は次の歌がいい。
  • 花さそふ 比良の山風 吹きにけり こぎゆく舟の 跡みゆるまで  宮内卿
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後鳥羽院  
(099) 人もおしひともうらめしあちきなく よをおもふゆへに物思ふ身は




順徳院  
(100) 百敷やふるき軒端の忍ふにも なを餘りあるむかし成けり




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