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2025年1月27日月曜日

歌合わせ「忍恋」、昔と今


■ 2025-01-27
■ 小倉百人一首に勝る百人一首をどう作るか。
■ まず、藤原定家の選択理由を明らかにするため、百人秀歌を二つづつ対にし間隔を開けて並べる。

001
002

003
004

■ こうしてゆくと、歌合わせの状況がはっきりしてゆくが、・・・
■ 誰でも分かる「忍恋」の百人一首の並びが、040、041、となっているのはやはり、ちょっとおかしいのではないかな、と思うかもしれない。
■ 奇数、偶数の順の対であるはずだ。

041 しのぶれど
042 恋すてふ

■ 百人秀歌はこのように並んでいる。
■ いやいや、百人一首では、

039 浅茅生の・・・しのぶれど・・・
040 しのぶれど
041 恋すてふ

■ とあるからこれでいいのだ、という意見もでるだろう。
■ まあ、それはそうだとしても、・・・
■ 藤原定家は、しのぶれど、と、恋すてふ、の二つをなぜ並べたのか。
■ 多くの解説書にあるように、当時の歌合わせでは、しのぶれど、の勝ち、となっている。
■ わざわざ負けの方も取り上げる必要があるのか。
■ まあ、公の判定がそうであっても、それでいい、とは思ってなかった。
■ 平兼盛・しのぶれど、は「そんな口先だけの歌を作ること自体、忍んでないじゃない」ということだ。
■ 要するに、壬生忠見・恋すてふ、の方がよいと思っていたのではないだろうか。
■ こっちがいい、と角を立てるのも大人げない、ということで、こうしたのだろう。




2025年6月21日土曜日

百人秀歌から百人一首を眺める その3 人の言う お前あの娘が 好きなのか なんで分かるん 言うてへんのに  遊水

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 (031) 坂上是則 古今集
029 あさほらけありあけの月とみるまてに よしのゝさとにふれるしらゆき

■ 李白の詩を上げる人も多いようだ。私もその一人だった。

まよなかの ましろきしもか げっこうか おもいおこすは ふるさとのやま  遊水

めざめてにわの つきあかり
しもがおりたと まちがえて
やはりつきかと あおぎみた
ふっとこころに ふるさとよ  遊水

  靜夜思  李白
牀前看月光 疑是地上霜
擧頭望山月 低頭思故鄕


 (023) 大江千里 古今集
030 月みれはちゝにものこそかなしけれ わか身ひとつの秋にはあらねと

■ この歌については、先に書いたが伊勢物語の歌と比較しながら読むとよい。

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 (034) 藤原興風 古今集
031 たれをかもしる人にせんたかさこの まつもむかしのともならなくに

(032) 春道列樹 古今集
032 山かはにかせのかけたるしからみは なかれもあへぬもみちなりけり 

■ 塚本邦雄・新選・小倉百人一首に次の歌があった。
■ どうも気に入らない。
■ 川は長いが、どのあたりのことを詠んだのか。
■ 流れは速いのかどうか、速い流れではなさそうだ。
■ 私だったら、こう作る。

昨日といひ今日と暮らして飛鳥川流れて早き月日なりけり  春道列樹
昨日今日 眺めて暮らす あすか川 流れてはやき 月日なりけり  遊水

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 (036) 清原深養父 古今集
033 なつのよはまたよひなからあけぬるを くものいつく[こ]に月やとるらん

(026) 貞信公 拾遺集
034 おくら山みねのもみちはこゝろあらは いまひとたひのみゆきまたなん 

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(025) 三条右大臣・藤原定方 後撰集
035 なにしおはゝあふさか山のさねかつら 人にしられてくるよしも哉 

(027) 中納言兼輔 新古今集
036 みかのはらわきてなかるゝいつみ河 いつみきとてかこひしかるらん 

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 (039) 参議等 後撰集
037 あさちふのおのゝしのはらしのふれと あまりてなとか人のこひしき

 (037) 文屋朝康 後撰集
038 白つゆにかせのふきしく秋のゝは つらぬきとめぬたまそちりける

あきかぜや つらぬきとめぬ しらつゆの たまとちりける あさのひかりに  遊水

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(038) 右近 拾遺集
039 わすらるゝ身をはおもはすちかひてし 人のいのちのをしくもある哉 

(043) 中納言敦忠 拾遺
040 あひみてのゝちの心にくらふれは むかしはものを[も]おもはさりけり 

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(040) 平兼盛 拾遺集
041 しのふれといろにいてにけりわかこひは ものやおもふと人のとふまて 

■ この歌は、平家物語・巻第六・葵前、にも出て来る。
■ その歌をもらった、葵前は、

それに何よりも又哀れなりし事には、・・・・里へ帰り、打ち臥す事五六日して、終にはかなくなりにけり、と・・・とある

■ 百人一首には組み合わせの歌がある。
■ 藤原定家の選択理由を明らかにするため、百人秀歌を二つづつ対にし間隔を開けて並べる。
■ こうしてゆくと、歌合わせの状況がはっきりしてゆくが、・・・

001
002

003
004

■ 誰でも分かる「忍恋」の百人一首の並びが、040、041、となっているのはやはり、ちょっとおかしいのではないかな、と思うかもしれない。
■ 奇数、偶数の順の対であるはずだ。

041 しのぶれど
042 恋すてふ

■ 百人秀歌はこのように並んでいる。
■ いやいや、百人一首では、

039 浅茅生の・・・しのぶれど・・・
040 しのぶれど
041 恋すてふ

■ とあるからこれでいいのだ、という意見もでるだろう。
■ まあ、それはそうだとしても、・・・
■ 藤原定家は、しのぶれど、と、恋すてふ、の二つをなぜ並べたのか。
■ 多くの解説書にあるように、当時の歌合わせでは、しのぶれど、の勝ち、となっている。
■ わざわざ負けの方も取り上げる必要があるのか。
■ まあ、公の判定がそうであっても、それでいい、とは思ってなかった。
■ 平兼盛・しのぶれど、は「そんな口先だけの歌を作ること自体、忍んでないじゃない」ということだ。
■ 要するに、壬生忠見・恋すてふ、の方がよいと思っていたのではないだろうか。
■ こっちがいい、と角を立てるのも大人げない、ということで、こうしたのだろう。
■ 壬生忠見の歌を、砕いて書けば、こんな感じか、・・・

人の言う お前あの娘が 好きなのか なんで分かるん 言うてへんのに  遊水

■ 百人一首の鑑賞などと言う前に、題詠として自分でも作ってみればいいのだ。
■ 歌の心は人の心なのだ。
■ この時の歌会で、勝ったのは平兼盛の方で、
■ 壬生忠見の方は、負けて悔しく寝込んで、ついには死んでしまった、という話もある。
■ 昇進にも関係するほどの存在が歌だった。
■ 何かひとつできれば、それを元に考えればよい、
■ 例えば、・・・
  1. なぜ分かる 俺が彼女を 好きなのか そりゃあ分かるさ 顔に書いてる
  2. なぜ分かる 俺が彼女を 好きなのか そりゃあ分かるさ 友達だから  遊水
■ ここで、先に書いた歌と並べてみる。
■ それが歌合わせ、ということだ。
■ ここで、以前も書いたが「うわさ」というのも取り上げてみよう
人の言う お前あの娘が 好きなのか なんで分かるん 言うてへんのに
噂聞く お前あの娘が 好きなのか なんで分かるん 言うてへんのに
なぜ分かる 俺が彼女を 好きなのか そりゃあ分かるさ 友達だから
■ どうというコトのない歌だけれど、・・・
■ よくある話で、百人一首の昔から、「忍恋」として取り上げられていて、
■ 昔も今も変わらない、ということなのだ。
■ 私だったら、こう作る、という人もいることだろう。
■ やってみようや、歌合わせ。
■ これに関しては、繰り返しになるけれど、もう少し書いてもいいかな、と思う。
■ 島津忠夫・新版・百人一首、白洲正子・私の百人一首、など、

歌話的興味にひかれたと思うのである。
有名な逸話があるところから二人を並べてだしたのだろう。

■ としているが、先に書いたように、天皇の判定ではなく、自分だったらこっちだ、と。
■ 当時、歌の最高権威であると自認していた定家の性格を表しているように思う。
■ それはさておき、

こいすてふ
わがなはまだき
たちにけり
ひとしれずこそ
思ひ初めしか
■ ・・・
恋をした
早くも 私の名前が
噂になっている
人に知られないように
思い始めた ばかりなのに

■ 575 で書くと短歌になる。
■ 似たような情況はあるだろう。
■ なので、躊躇せず、自分の言葉で書くのがいい。
  1. 噂聞く お前あの娘が 好きなのか なんで分かるん 言うてへんのに
  2. なぜ分かる 俺が彼女を 好きなのか そりゃあ分かるさ 友達だから
  3. 恋をした いつか噂に なっていた 人にも言えず 黙っていたのに
■ 「1」の場合、噂で聞いて初めて、お前もか、という感じも出ているだろうか。
■ 三角関係の様相だ。
■ 「2」の場合、二人の友情だ。
■ 「3」の場合は、独り言。
■ 平兼盛、の場合は、自慢話だ。
■ これらの歌の質は置いといて、どれがいいか、・・・
■ また、私だったら、こう作る、と、女の立場ではどうだろう。
■ 色々できるだろう。

(041)壬生忠見 拾遺集
042 こひすてふ我なはまたきたちにけり ひとしれすこそ思ひそめしか


■ 百人一首の並びは、奇数・偶数、奇数・偶数、ではない。
■ 村上天皇は「しのぶれど」を選んだようだが、定家は、「こひすてふ」の方がいいと思ったのではないか。

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(045) 謙徳公 拾遺集 
043 あはれともいふへき人はおもほえて 身のいたつらになりぬへきかな 

 (044) 中納言朝忠 拾遺
044 あふことのたえてしなくはなかゝゝに 人をも身をもうらみさらまし

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 (042) 清原元輔 後拾遺集
045 ちきりきなかたみに袖をしほりつゝ すゑのまつ山なみこさしとは

 (048) 源重之 詞花集
046 かせをいたみいはうつなみのをのれのみ くたけてものを思ころかな

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 (046) 曽祢好忠 新古今集
047 ゆらのとをわたるふな人かちをたえ ゆくへもしらぬこひのみちかな



(049) 大中臣能宣朝臣 詞花集
048 みかきもり衛士のたくひのよるはもえ ひるはきえつゝものをこそ思へ 



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 (050) 藤原義孝 後拾遺集
049 君かためをしからさりしいのちさへ なかくもかなと思ぬるかな


■ 義孝は21歳、天然痘で死んだ。兄もその日の朝に死んだ。
■ 法華経、即ち、妙法蓮華経を読みたいから火葬にしないでといったという。


(051) 藤原實方朝臣 後拾遺集
050 かくとたにえやはいふきのさしもくさ さしもしらしなもゆる思を 


■ 百人一首の51番に定家は藤原実方の歌を上げている。
■ 実方はある時、藤原行成のかぶり物を打ち落とした。その様子を見ていた一条天皇より「歌枕見て参れ」と陸奥の国に左遷された、とのこと。このあたりの逸話は色々解説本にも書かれていることだろう。
■ 当時、陸奥の国の守りが軍事的にも重要だったということもわかる。
■ 後日、西行が奥州に行った際、実方の墓を訪ね
朽ちもせぬその名ばかりを留め置きて 彼の野すすき形見ぞとみる  西行
■ と、歌枕になったということだ。 
■ さらに、この歌枕ゆえに松尾芭蕉は、・・・
檜皮の宿を離れて、あさか山有。道よりちかし。此のあたり沼多し。かつみ刈る比もややちかふなれば、「いづれの草を花かつみとは云ぞ」と人々に尋侍れども、更に知る人なし。沼を尋ね、人にとひ、「かつみかつみ」と、尋ねありきて、日は山の端にかかりぬ。
■ と、奥の細道に書いている。 
■ こんなことを思い出しながら読むのもよい。
■ ついでながら、西行はこの後
とりわきて心も凍みて冴えぞ渡る 衣河見に来る今日しも  西行
■ と歴史に思いをはせている。
■ まあ、そんな実方の歌は、
かくとだに
えやは いぶきの
さし も草
さしも しらじな
もゆる思ひを
■ 技巧的な歌だ。この歌がいいかどうかは別にして、「いぶき」とか「さしも草」について調べたり、
■ 実方に、かぶり物を打ち落とされた方の藤原行成がどんな人で、能書家・三跡とはどんな文字を書いたのかなど、道草するのも遊びなのだ。


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(052) 藤原道信朝臣 後拾遺集
051 あけぬれはくるゝものとはしりなから なをうらめしきあさほらけ哉 

(047) 恵慶法師 拾遺集  
052 やへむくらしけれるやとのさひしきに 人こそみえね秋はきにけり 


■ 都会でも、人が多いけれども孤独感はあるのではないだろうか
  • 東京の 独り住いの 寂しきに 人こそ見えね 秋は来にけり  遊水
■ ・・・
■ 人より自然、天候


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一条院皇后宮 藤原定子 ■ 後拾遺集
053 よもすからちきりしことをわすれすは こひんなみたのいろそゆかしき

(068) 三条院御製 後拾遺
054 こゝろにもあらてうきよになからへは こひしかるへきよはの月かな 



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(054) 儀同三司母 新古今集
055 わすれしのゆくすゑまてはかたけれは けふをかきりのいのちともかな 

(053) 右大将道綱母 拾遺集  
056 なけきつゝひとりぬるよのあくるまは いかにひさしきものとかはしる 

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 (069) 能因法師 後拾遺集
057 あらしふくみむろの山のもみちはゝ たつたのかはのにしきなりけり

 (070) 良暹法師 後拾遺集
058 さひしさにやとをたちいてゝなかむれは いつくもおなし秋のゆふくれ

■ 百人一首の和歌で、よく知られている歌でも、よく理解されているとは限らない。
■ その一つは
■ この歌だ。
■ 自分だったら「淋しくなったら」どうするか、ということだ。
■ 梓みちよは「二人でお酒を飲みましょうね」と歌う。
作曲は平尾昌晃、作詞は山上路夫だから歌詞の全てが梓みちよの本当の心かどうかは別にしても、彼女のために作られたうたのようだ。

■ ただ、そんな相手もいなければ、さて、どうするのか、・・・
■ そういうことで自作してみればいい。
■ 基本的には日本人なら誰でも作ることができる。
■ 和歌は31文字で構成されている。
■ この制約内でどう表現するかだ。
■ これが一番で、
■ さらに31文字の構成を知ることが重要だ。
■ 31文字は
  • 5・7・5・7・7
■ これは基本的に2つの部分から構成される。
  • 5・7・5
  • 7・7
■ 昔の和歌は、案外、論理的だ。
 
日本語構成の部分の説明

 

さみしさに

やどをたちいで

ながむれば

 

いづくもおなじ

あきのゆふぐれ

 

動機

実行開始

実行

 

結果

感想

 ■ 淋しさを感じたので
■ 家を出て
■ 歩きながら、あちこち見たけれど
■ どこも同じで
■ 変わらない、秋の景色で、
■ 帰ってきたのは夕方だった。
■ (秋の夕暮れは淋しい)ということだ。
■ だから、どうだ、とまででは言ってない。
■ 最後に「秋の夕暮れ」というならば、「ながめれば」は必要ない。
■ ということで、・・・
  • みやこへは さんりのみちの ゆきかえり いずこもおなじ あきのゆうぐれ  遊水
■ 彼の歌にはないが、彼は京都の北3里のあたりに住んでいた。

京都・大原・三千院

■ なので、淋しく感じたということだった。
■ 歌は論理的である、ということの続きとして、・・・

さびしさに
やどをたちいでて
ながむれば
いづくもおなじ
あきのゆうぐれ

動機      行動          結果
さびしさ に   やどを たちいでて    いづく も おなじ 
   ながむれ ば       あきの ゆふぐれ
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時刻   ( 朝 )   ・・・ ・・・         夕方
              8時    10時間   6時 / 18時
              9時     8時間   5時 / 17時

■ 例として取り上げた良暹の歌は素朴で、技巧的なことはなく、奇をてらうこともない。
■ 自分の思いを分かりやすく表現しようとしている。
■ すなわち、論理的であろうとしている。
■ ふつう、人は、朝起きて、夜寝る。
■ いくつかの質問をしてみよう

何時に起きたのか
いつ、さびしさを感じたのか
歌を詠んだのはいつなのか
やどを立ち出でて 何をしたのか、
あるいは、どこに行ったのか
うちに戻ったのはいつなのか
うちを出て、戻るまで何時間あったのか・・・8~10時間
その間どのように過ごしたのか
いづくも、とは、2ヶ所以上だから、どことどこ、で、何を見たのか
ながむれば、とあるが、それは風景なのか
おなじ、とあるが何が同じなのか
さびしさは解消したのか
寂しさがを紛らわせることができたのか

■ 歌を詠んだのは夕方、つまり、宿をたちいでて、戻ったのは夕方。
■ あきのゆふぐれ、はさびしい。
■ 「おなじ」だから「さびしさ」が解消されたわけではない。
■ 孤独感が解消されたわけではない。
■ さびしさ、が、同じ
・・・
■ 追記、
■ 「やどをたちいでて ながむれば」この、いかにも説明的な部分は必要なのか。
■ 素朴ではあるが、うまくない。
■ へたくそだ。

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(055) 大納言公任 拾遺集  
059 たきのおとはたえてひさしくなりぬれと なこそなかれてなをとまりけれ 

千載和歌集 滝の音は絶えて久しくなりぬれど名こそながれてなほ聞こえけれ
島津忠夫  滝の糸は絶えて久しくなりぬれど名こそながれてなをきこえけれ
百人一首  滝の音は絶えて久しくなりぬれど名こそ流れてなほきこえけれ
百人秀歌  滝の音は絶えて久しくなりぬれど名こそ流れてなほとまりけれ
橋本遊水  滝の音は絶えて久しくなりぬれど歌ぞ残りて名ものこりけり 
  1. きこえけれ
  2. とまりけれ
■ 聞こえけれが先にあったのだろうけれど、とまりけれ、に直す必要があったのか。
■ 何か意図的に感じる
■ 要するに、百人一首が先にあり、定家は書き換え、百人秀歌にした。 
■ 公任の当時の評判は良くない。
■ 紫式部も無視している。
  • たわむれに 若紫はと たずねども ただ冷ややかに 紫の人  遊水

(062) 清少納言 後拾遺集
060 よをこめてとりのそらねにはかるとも よにあふさかのせきはゆるさし 

■ 孟嘗君が秦から逃げ出す途中、夜は閉じ一番鶏で開くという規則の函谷関で、鶏の鳴き真似のうまい者がいたので、本物の鶏も鳴きだし、開かせたという話が日本にも伝わっていた、という歴史を証明する歌なので、他にもいい歌があるかもしれないが、やはりこれか。
■ 鶏鳴狗盗 
・・・ 
夜半至函谷関。
関法、鶏鳴方出客。恐秦王後悔追之。
客有能為鶏鳴者。
鶏尽鳴。
遂発伝。

■ ついでながら、
■ 水滸伝では、時遷という男が、石秀・拚命三郎と楊雄・病関索らとの逃避行の途中、時を告げる鳥を盗んで食ったため、争いの原因になった。時遷は水滸伝の108人中107番目に位置付けられているが、盗みなどの特技が何度か役にも立っている。
■ ともかく、時計のない時代、鶏も役に立っていたということだ。


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 (056) 和泉式部 後拾遺集
061 あらさらんこのよのほかの思いてに いまひとたひのあふことも哉

■ 塚本邦雄は藤原定家の小倉百人一首を凡作だと貶すがどうだろう。
■ 私も選んでみた。

あらざらむこの世の外の思ひ出に今一度の逢ふこともがな    和泉式部 藤原定家選
秋吹くはいかなる色の風なれば身にしむばかりあはれなるらむ  和泉式部 塚本邦雄選
黒髪のみだれもしらずうち臥ふせばまづかきやりし人ぞ恋しき  和泉式部 橋本遊水選

■ 定家がこの歌を上げたのは分かるような気がする。
■ 定家自身の相手の人に未練があったということだろう。
■ 塚本があげた歌は一般的にも通じる心がある。

吹き来れば身にもしみける秋風を色なき物と思ひけるかな    読人しらず
秋吹くはいかなる色の風なれば身にしむばかりあはれなるらむ  和泉式部
しろたへの袖の別れに露落ちて身にしむ色の秋風ぞ吹く     藤原定家
母逝きて はや幾年か 忘れども 身にしむ色の 秋風ぞ吹く  橋本遊水
母逝きて 今はかえらぬ 日々なれば 悲しみ色の 秋風ぞ吹く   遊水

■ 色は「ような」という意味。「いろ」は色彩の色でなく、辞書には/顔色、ようす/種類、しな/情趣、味わい/やさしさ、情け/……などとある。
■ 和泉式部の歌は、紫式部にも影響を与え、更には後々にも通じるものがある。
■ 「あくがれいづる魂」という感覚が素晴らしい。

もの思へば沢の蛍も我が身よりあくがれいづる魂かとぞ見る   和泉式部
声はせで身をのみ焦がす蛍こそいふよりまさる思ひなるらめ   紫式部・源氏物語・玉鬘
恋し恋しと鳴く蝉よりも、鳴かぬ蛍が身を焦がす        都都逸

■ 都都逸もいいな。
■ しかし、何か、意味付けしなくててもいいようにも思う。

そっとてを ひらいてみせる ほたるかな           橋本遊水


  • 黒髪のみだれもしらずうち臥ふせば まづかきやりし人ぞ恋しき  和泉式部
■ 娘の方は、からかわれて、むきになって対応している歌だが、母のこの歌は、成熟した女性の、というか、相手にたいする思いを率直に、ひたむきに、感情豊かに愛されている喜びを詠んでいる。
■ 定家の選んだ歌は、「あらざらむこの世のほかの思ひ出に今ひとたびのあふこともがな」だ。どちらも、自分の思いをよく表現しているが、それがかえって、鬱陶しいと相手に疎まれる要因になったのかもしれない。
■ この人の人生が分かるような気がする。
■ 白洲正子・私の百人一首では「和泉式部は色好みで、奔放な女性として知られているが、このようにしっとりした歌をみると、一概にそういって片づけられないものがある」とある。
■ 通い婚という言葉がある。多情奔放と言われたとしても、彼女から積極的に迫ったとは考えにくい。「和泉式部日記」は読んだことはないが、どうなのか、・・・
■ 奈良、平安時代は法華経が広まっていて、和泉式部は道長から誠心院を賜り、尼となってこの寺に住んだ、と。

  法華経・巻第三・化城喩品第七
衆生常苦悩、盲冥無導師
不識苦尽道、不知求解脱
長夜益悪趣、減損諸天衆
従冥入於冥、永不聞仏名

暗きより暗き道へと入りぬべき 
はるかに照らせ山のはの月  和泉式部



 (058) 大貳三位 後拾遺
062 ありま山ゐなのさゝはらかせふけは いてそよ人をわすれやはする

■ これについては、先に、ごちゃ、ごちゃ、書いた。
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 (059) 赤染右衛門 後拾遺集
063 やすらはてねなましものをさよふけて かたふくまての月をみしかな

 (057) 紫式部 新古今集
064 めくりあひてみしやそれともわかぬまに くもかくれにしよはの月かな

■ 定家自身の体験として取り上げた感がある。
■ もっと親しく逢い続けたい、と。
■ この歌とは関係ないが、紫式部はうまいな、と思う。
■ 源氏物語・第二十四帖・胡蝶

春の日の うららにさして ゆく舟は 棹の雫も 花ぞ散りける

春のうららの 隅田川
のぼりくだりの 船人が
櫂のしずくも 花と散る
ながめを何に たとうべき

■ 瀧廉太郎がうまいというべきかもしれないが、やはり、影響を与えた紫式部の感覚だ。
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(061) 伊勢大輔 詞花集
065 いにしへのならのみやこのやへさくら けふこゝのへにゝほひぬるかな 

■ 伊勢大輔の歌については先に書いた。
■ 伊勢大輔とは関係ないが、並べ置くのもいいかと思う。次の歌だ。

青丹吉 寧樂乃京師者 咲花乃 薫如 今盛有  小野老
あをによし ならのみやこは さくはなの にほふがごとく いまさかりなり  小野老

■ この歌について、リービ英雄さんが素晴らしい英訳をしている。
The capital at Nara,
beautiful in blue earth
flourishes now
like the luster
of the flowers in bloom.
■ in blue earth という表現にあたかも宇宙から見た地球のような印象を受けた。
■ 小野老は「青丹」と色彩的に奈良の都を表現している。
■ この色は建物の色だが、それは仏教・寺の色ではないだろう。
■ どちらかと言えば鳥居など神社の色だと思われる。
■ 現在、寺と神社、この二つと人はどう付き合っているのか、・・・

葬式・寺
結婚・神社

■ 心とか意識の底流にある宗教観は一応頭に入れておいた方がいいだろう。


(060) 小式部内侍 金葉集
066 おほえ山いくのゝみちのとをけれは またふみもみすあまのはしたて 

■ 紫式部と和泉式部の娘だが、どちらにも地名が詠まれている。
■ 地名を詠みこむことは、記録として、なるほど、と思う。
■ 小式部内侍が和泉式部の娘ならば、和泉式部は天橋立の方にいた、という歴史的事実が読み取れる。
■ 当時、軍事的に、北の陸奥・南の太宰府・そして敦賀湾、等、重要視されていた、ということだろう。
■ 大伴家持などそのいずれにも行っている。


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 (064) 権中納言定頼 千載集
067 あさほらけうちの河きりたえゝゝに あらはれわたるせゝのあしろき

■ 白洲正子・私の百人一首・新潮選書、にこんなことが書かれている。

64 権中納言定頼
定頼は和歌だけでなく、書もよくしたと聞く。が、子式部内侍をからかったのでもわかるとおり、父親の公任に似て、いくらか軽率なところがあったらしい。

■ なるほど、なるほど、だ。
■ そこで、小倉・百人一首の歌の並びを見ると、・・・

60 子式部内侍
61
62
63
64 権中納言定頼

■ ところが、百人秀歌を見ると、・・・

66 大江山いく野の道の遠ければまだふみもみず天橋立  子式部内侍
67 朝ぼらけ宇治の川霧たえだえにあらわれわたる瀬々の網代木  権中納言定頼

■ このように関連する者を並べ置いている。
■ 子式部内侍と定頼の物語を知っている人は、なあるほど、と思うだろう。
■ しかも、公任とこの定頼の間に七人の女性の歌がある。
■ うまく配列していると感心するのだ。
■ このことも合わせ考えると、やはり、百人一首より百人秀歌の方が定家の意図に沿っていると考えられる。
■ 親子関係をを見れば、・・・
小式部内侍の母は、和泉式部
権中納言定頼の父は、大納言公任
■ この二組の歌が百人秀歌では、入れ子になっている。
■ 百人一首では、なっていない。
■ これを見ると、やはり、百人秀歌の方が百人一首より後に編集されたように思える。
■ 定家は並びを色々変えて、歌自体ばかりでなく、作者間の関係性を物語構成にしている。
公任
  清少納言
和泉式部
・・・
・・・
・・・
・・・
・・・
小式部内侍
定頼

(063) 左京大夫道雅 後拾遺集
068 いまはたゝ思たえなんとはかりを 人つてならていふよしもかな 

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 (067) 周防内侍 千載集
069 はるのよのゆめはかりなるたまくらに かひなくたゝむなこそをしけれ

■ 「名こそ惜しけれ」二首、

恋にくちなむ名こそ惜しけれ
かひなく立たむ名こそ惜しけれ

■ どちらも、いい。
■ たしか、山口百恵が歌う歌、・・・プレイバックpart2。作詞:阿木燿子

気分次第で抱くだけ抱いて
女はいつも待ってるなんて
・・・ 
馬鹿にしないでよ・・・ 

■ 阿木燿子は「微笑み返し」の男あしらいなど、面白い。




 (071) 大納言経信 金葉集
070 ゆふされはかとたのいなはおとつれて あしのまろやに秋かせそふく

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(066) 前大僧正行尊 金葉集
071 もろともにあはれとおもへ山さくら 花よりほかにしる人もなし 

(073) 前中納言匡房 後拾遺
072 たかさこのおのへのさくらさきにけり とやまのかすみたゝすもあらなん 

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権中納言国信 ■ 新古今集
073 かすかのゝしたもえわたるくさのうへに つれなくみゆるはるのあはゆき

 (072) 祐子内親王家紀伊 金葉集
074 おとにきくたかしのはまのあたなみは かけしや袖のぬれもこそすれ

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 (065) 相模 後拾遺集
075 うらみわひぬほさぬそてたにある物を こひにくちなんなこそおしけれ

源俊頼朝臣 ★
076 山さくらさきそめしよりひさかたの くもゐにみゆるたきの白いと
 (074) 源俊頼朝臣 金葉集
     うかりける人を初瀬の山おろし はけしかれとはいのらぬものを

■ 「うかりける」の歌は先に書いた。

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(077) 崇徳院御製 詞花集
077 せをはやみいはにせかるゝたきかはの われてすゑにもあはんとそ思 

■ 何度か、落語も聞いた。


 (080) 待賢門院堀川 千載集
078 なかゝらんこゝろもしらすくろかみの みたれてけさはものをこそ思へ


■ 黒髪の短歌

黒髪の乱れも知らずうち臥せばまづかきやりし人ぞ恋しき 和泉式部
そのこはたち くしにながるる くろかみの おごりのはるの うつくしきかな 与謝野晶子
そのこはたち かぜにながるる くろかみの なつをすてきに さわやかにゆく 遊水

■ たまたま、本歌取りした歌に「春のビーナス」などと言う言葉があったので、春のビーナス、は裸体を想像させるだろうから、そりゃないだろう、として作った。「おごりのはるの」には及びもつかないが、何か機会があるごとに、何かを作るのがいいように思う。


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 (076) 法性寺入道前関白太政大臣 詞花集
079 わたのはらこきいてゝみれはひさかたの くもゐにまかふおきつしらなみ

(079) 左京大夫顕輔 新古今集
080 秋かせにたなひく雲のたえまより もりいつる月のかけのさやけさ 

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 (078) 源兼昌 金葉集
081 あはちしまかよふちとりのなくこゑに いくよめさめぬすまのせきもり

 (075) 藤原基俊 千載集
082 ちきりをきしさせもかつゆをいのちにて あはれことしの秋もいぬめり

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 (082) 道因法師 千載集
083 おもひわひさてもいのちはある物を うきにたえぬはなみたなりけり

 (084) 藤原清輔朝臣 新古今集
084 なからへはまたこのころやしのはれん うしとみしよそいまはこひしき

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 (085) 俊恵法師 千載集
085 よもすからもの思ころはあけやらぬ ねやのひまさへつれなかりけり

 (081) 後徳大寺左大臣 千載集
086 ほとゝきすなきつるかたをなかむれは たゝありあけの月そのこれる

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(083) 皇太后宮大夫俊成 千載集
087 よの中よみちこそなけれおもひいる 山のおくにもしかそなくなる 


■ 「表歌」は 「おもてうた」つまり代表作で、俊成・定家親子の自選の表歌はそれぞれ次の歌だ。

藤原俊成 夕されば野辺の秋風身にしみて鶉なくなり深草の里
藤原定家 こぬ人をまつほの浦の夕なぎにやくやもしほの身もこがれつつ

■ どちらも昔の歌をふまえて詠まれている。
■ だから彼らは、自らの「表歌」としたのだろう。
■ 定家は、万葉集・笠朝臣金村の歌をもとにした。
■ 俊成は、伊勢物語・百二十三段・在原業平の歌をもとにした。
■ この歌だけを見たとき、これをなぜ彼が表歌としたのかわからなかった。
■ 野鳥撮影をしている関係上、「鶉」と「深草」、この二つに興味があった。
■ それで短歌をつくってみた。
■ また、「夕されば」を「夏されば」におきかえて、「あき」を「秋」と「飽き」の掛詞にし、「浜」に寄せる波と「さびしさ寄せる」を関連づけるような歌ができた。

鶉鳴く 伏見の里の なごり今 地名に残る 深草の秋   遊水
夏されば 外の遊びも あきの風 さびしさ寄せる 人もなき浜   遊水

■ 現在、伊勢物語に出てくる歌をどれだけの人が覚えているかどうかは知らない。
■ 当時としては、知っていることが、歌人としての条件だったのかもしれない。
■ それを自らの歌に詠みこむということが、これで、「どうだ」ということだったのだろう。
■ 平忠度の次の歌は、俊成が「そののち世静まって」「今更思ひ出でて哀れなりけり」と千載集に入れた、平家物語の一節を再読するにつけても、天智天皇の志賀の都、大津京の滅びと併せて記憶に残る。

さざ浪や志賀の都はあれにしを昔ながらの山櫻かな  忠度

■ 藤原俊成はこの歌を千載集に「読人しらず」として入れた。
■ これに関して丸谷才一は、歌道に不熱心だった後白河院がなぜ俊成を早朝に呼びつけ千載集を編纂させたのか、それは祟りを鎮めるためだったろうと推測している。
昔ながら
長等山
■ と、さりげない掛詞が好感を呼ぶ。


(086) 西行法師 千載集
088 なけゝとて月やはものをおもはする かこちかほなる我なみたかな 

■ 塚本邦雄・新小倉百人一首の西行の歌として、次を上げていた。
  • 年たけてまた越ゆべしと思ひきや命なりけりさやの中山  西行
■ この歌は、一応、知っていたが、何で知ったのか、さて、どこで見たのか、井伏鱒二編 小林秀雄、ここで見たようだ。
■ そこで、ちょっと気になったのだが、・・・
  1. 西行は何故出家したのか、・・・、僕には興味のないことだ。
  2. 凡そ詩人を解するには、その務めて現さうとしたところを極めるのがよろしく、努めて忘れようとし隠さうとしたところを詮索したとて、何が得られるものではない。
■ こんなことを小林秀雄は書いている。
■ 1」についてはまあそれでいいが、2」について西行は隠そうとしたのだろうか、あるいは忘れようとしたのだろうか。
■ 一般的に、2」はその通りだが、西行に関しては当てはまらない。
■ 定家は西行の歌として、・・・
  • なげけとて月やはものを思はするかこち顔なるわが涙かな  西行
■ 忘れようとした、ということであれば、この歌は理解できない。
■ また、定家がなぜこの歌を選んだのかも分からないだろう。
■ 忘れようとしたはずはない。
■ 西行にも若いころはあった。
■ 23歳の時に出家したようだが、院の御所・北面の武士だった。
■ 女好きの体格であったのだろう。

あなたには 妻も子供も ありますね これがかぎりと 分かるはずでしょ

■ こんなことを言われて、うちに帰り、腹立ちまぎれん娘を蹴落とした。
■ まあ、そんな理由でもなければ、蹴落とすことにはならなかったのではないか。
■ 出家したのも、短気だったことを表しているようだ。
■ 人には知られなかったようだが、相手は自由奔放な身分違いの女だった。
■ そのうち噂にでもならないかと都でうろうろしていて、

世の中を捨てて捨てえぬ心地して都はなれぬわが身なりけり
まどい来て悟り得べくもなかりつる心を知るは心なりけり
あこがるる心はさてもやまざくら散りなんのちや身にかへるべき
春風の花を散らすと見る夢はさめても胸のさわぐなりけり

■ 最強は年をとっても若き日の思い出は残っていたようで、
  • 面影のわすらるまじき別れかななごりを人の月にとどめて  西行
■「月」は何を象徴しているのか。
■ 当時の人は、その間の状況を知っていたとしても、大っぴらに口にできなかった。
■ 定家の「ほのめかし」と同類なのだ。
■ だから定家はこれを選んだ。
■ 噂もでてこない。

どうしても 自分の口で 言えないが 気付いてほしい 秘密がひとつ  遊水

■ 以前、「西行・これが表歌か」という題で、以下を書いた。 
■ 俳句では句会がよくある。
■ 和歌の世界では「歌合」があった。
■ 比較することで分かることがある。
■ 百人一首の「月」を詠んだ歌をとりあげてみよう。
■ 彼らが競った歌ではなく勝ち負けはないのだけれど
■「百人一首」の歌としては好き嫌いはあるだろう。

月見ればちぢにものこそ悲しけれわが身一つの秋にはあらねど  大江千里
嘆けとて  月やは物を 思はする かこち顔なる わが涙かな  西行

■ 「月見れば」の歌は読みやすいし分かりやすい。
■ 「嘆けとて」の歌は理屈っぽいし、分かりにくい。
■ 「嘆けとて」の歌は次の組み合わせだった。
■ 「自歌合」の場合は、どちらかを選ぶということではなく、むしろ、相互に補い説明しているようだ。

知らざりき雲居のよそに見し月のかげを袂に宿すべしとは  西行
嘆けとて 月やは物を 思はする かこち顔なる わが涙かな

■ 藤原俊成は西行から判定を依頼されてこれらについて述べた。
■ 藤原定家は、父・俊成の評を追認する形で、「嘆けとて」の歌を百人一首にとった。
■ 西行最晩年のことだったので、「嘆けとて」が彼の代表作だといえるかもしれない。
■ 他にいい歌もあるのにと言う人も多いだろうし私自身もそう思う。
■ しかし、彼の側に立てばやはりこれが彼が一番残したかった歌だろう。
■ なぜか、そして、定家はなぜこの歌を取り上げたのかだ。
■ 定家は、おそらく、西行の心がよく分かっていたと思う。
■ どちらも恋の歌だ。
■ 定家の歌と並べ置いてみれば分かるかもしれない。
■ 西行は「わが涙かな」と自分の身を嘆いている。
■ 定家は「身もこがれつつ」と相手が自分を待っていることを歌っている。
■ かなり対照的だが、・・・
■ それぞれ相手は誰だったのかだ。
のりきよ と 待賢門院璋子・たまこ
さだいえ と 式子内親王・のりこ
■ 相手はどちらも身分違いの人だった。
■ 同じ体験をしていたので分かり、しかも、自分の方が、いわば「勝ち組」だったからだ。
■ このように考えながら読むと「百人一首」物語は面白さ倍増なのだ。
■ 31文字で表されることは限定されるかもしれないが。
■ 幾つも詠むことはできるし、他の人の歌と比較しながら併せ読むこともできる
■ これが和歌・短歌の魅力だ。
■ もちろん31文字で詠みきることができればそれに越したことはない
  
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 (088) 皇嘉門院別当 千載集
089 なにはえのあしのかりねのひとよゆへ 身をつくしてやこひわたるへき

権中納言長方 ■ 新古今集
090 きのくにのゆらのみさきにひろふてふ たまさかにたにあひみてしがな

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 (090) 殷富門院大輔 千載集
091 みせはやなをしまのあまのそてたにも ぬれにそぬれしいろはかはらす

 (089) 式子内親王 新古今集
092 たまのをよたえなはたえねなからへは しのふることのよはりもそする

■ 百人一首・89、と、百人秀歌・92、の配置からみると、百人秀歌の方が定家に近い。
■ これは定家が重要視したからだと思われる。
■ しかし、源実朝・98ほどは近くない。
■ このあたりが微妙な定家の心理だと思われる。
■ 百人一首に採られた式子内親王の歌に応え、定家も歌を詠んでいる。

玉の緒よ絶えなば絶えね長らへば忍ることの弱りもぞする   式子内親王
君が代にあはずは何を玉の緒の長くとまでは惜しまれじ身を  定家朝臣
思ふことむなしき夢の中空に絶ゆとも絶ゆなつらき玉の緒   藤原定家

■ プラトニック・ラブかどうかは知らない。関係はあったと思う。
■ そして、・・・

橘のにほふあたりのうたたねは夢もむかしのそでの香ぞする  皇太后宮大夫俊成女
かへり来ぬ昔を今とおもひ寝の夢の枕に匂うふたちばな    式子内親王

■ どちらもうまいが、式子内親王の方が具体的のように思われる。
■ さらに、玉の緒、の歌に続いて、・・・

忘れてはうち嘆かるるゆうべかなわれのみ知りて過ぐる月日を  式子内親王
わが恋は知る人もなしせく床のなみだもらすな黄楊の小まくら  式子内親王

■ 式子内親王は、立場上自分の恋をあからさまに語ることはできなかった。
■ 彼女の恋を知っているのは、つげ、でできた枕のみで、人には告げるなと詠っている。

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絶えるとも 心と心 つなぐ糸 恋する心 絶えることなく  遊水

■ 相手は、定家であろうと推測する。
■ 定家は、新古今和歌集の編者の一人だった。
■ 当然、式子内親王の歌も熟知していた。
■ だから、彼女が彼を心待ちにしている心情を次のように詠った。

来ぬ人をまつほの浦の夕なぎに焼くや藻塩の身もこがれつつ  権中納言定家

■ 藤原定家が百人一首を作った最大の理由はこの歌を作り披露することだった。
■ 「しのふることのよはりもそする」で思い出した都都逸がある。
  • 交わすまなざし他人の証拠 そ知らぬふりするできた奴  春日遅々波
■ これがごく普通の「忍」ということのように思う。
■ 2人の関係を知られないように、噂の種にならないように、ということではないか。
■ この都都逸と同じ意味合いの歌が、万葉集にもある。

青山の横切る雲のいちじろく我と笑まして人に知らゆな  大友坂上郎女
晴れた日に 気分良くても にこやかに 我と話すな 人に知られる  遊水

■ 今も昔も同じことだと面白い。
■ ところが、次のような解説があった。普通ではない。分からん。

玉の緒よ絶えなば絶えね長らへば忍ぶることの弱りもぞする  式子内親王
私の命よ、絶えるなら絶えてしまえ。
長らえると、
私の恋をあの人に秘めておく心が弱って、
抑えきれず思いが外に現れてしまうかもしれないから。

■ 当時、出家して尼になるコトはあった。
■ 普通、自害することはなかった、と思われる。
■ 恋愛、というのは、自分の心を相手に分かってもらいたいと思うのが普通だ、と思う。
■ こっちを向いてほしい、ということではないのかな。
■ だけど、他人には知られたくない。

私の恋を あの人に秘めておく

■ これって何なの、・・・
■ この人、恋愛をしたことがないのかもしれない気がした。
■ 自分の歌として詠んでみたらいいように思う。

かへり来ぬ昔を今とおもひ寝の夢の枕に匂うふたちばな    式子内親王

■ 橘の香は若い相手を指している。
■ プラトニック・ラブかどうかは知らない。関係はあったと思う。
■ 石原裕次郎、や、ちあきなおみ、は歌っている。

しのびあう恋を つつむ夜霧よ
・・・
晴れて会えるその日まで

■ つまらん解釈より、歌謡曲の歌詞の方が、よっぽど人の心をつかんでいる。
■ 式子内親王は立場上、晴れてあえる日がないのだから、「絶えね」と詠うしかなかった。
■ 2024-10-04 追記
■ 白洲正子・私の百人一首・新潮選書には、・・・
  • こういう歌を前にして、私は説明の言葉もない。ただくり返しよむことを願うだけである。
■ ・・・と。
■ 白洲正子は、著述に当たって、何冊か関連図書は読んだことだろう。
■ 各説に、必ずしも、納得できなかったようだ。
■ 私としては、人と議論するつもりはないが、・・・
■ だいたい、相手に伝えたいために歌を詠む。
■ 秘密にしておきたいなら、黙っている。歌に詠まない。
■ 歌が作られているということは、誰かに読んでもらいたかったということになる。
■ 「私の恋を あの人に秘めておく」これって何なの、・・・分からん。
■ 玉の緒は、自分と相手の「心と心をつなぐ糸」でよいように思う。
■ 浮き名を流すことを避けるためには、現実的な関係は絶えても構わない。
■ 互いの思いは変わらないのだから。
■ 「夜霧よ今夜も有難う」の作詞・作曲 浜口庫之助、うまいものだ。
■ google 翻訳をあげてみよう。

A secret love          
the enveloping night fog          
do you know
the relationship between the two
I'll see you when it's sunny 
until that day 
Keep it hidden 
night fog, night fog
we always 
say it softly 
Yogiri, thank you for tonight.

■ 逆に、英文から日本文をgoogle 翻訳すると下記になる。
■ 「忍び会う」という言葉がなくなる。
■ 意味的には「A secret love ・秘密の恋」だけれど、「しのびねもらす なつはきぬ」という歌があるように「秘密」では「しのび」という言葉を言い表せない。

秘密の恋 
包み込む夜霧 
知ってる? 
二人の関係を 
晴れたら会おうね 
その日まで 
隠しておいて 
夜霧、夜霧 
私たちはいつも 
そっと伝える
夜霧、今夜はありがとう

■ 「心は真似することができても、言葉は真似することができない」それが翻訳や解説とは違うことろだ。詩はことばそのものだ。
■ しかし、「晴れたら会おうね 」と訳されたのを見て笑ってしまった。
■ google 翻訳も、そのうちよくなるかもしれないとは思うので、またやってみればよいが、その都度変わり一定しないかもしれない。まだまだだ。
■ 日本語の深さに英語は対応できないということだ。
■ 万葉集にはいくつか玉の歌がある。
■ 元々、玉は真珠であり、大伴家持の歌にもあるように腕輪にすることもあった。
■ その真珠に通した紐が切れてしまうように、ばらばらになるコト。
■ 玉は、心、そして、その人をさし、お互いの存在を示している。
■ ということで、いずれ関係を隠しておけなくなるだろうから、
■ 人の噂になるまえに。
■ 逢いたくても、別れてしまいましょう。
■ 唐突だが桐壺更衣の歌を思い出した。
■ 「玉の緒」がはかないものだとしても、死のうとは思わなかったのではないか。
■ あらまほしきは いのちなりけり、だ。

限りとて 別るる道の 悲しきに いかまほしきは 命なりけり  桐壺更衣
沙羅双樹 死んでしまえば おしまいよ あらまほしきは いのちなりけり

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 (087) 寂蓮法師 新古今集
093 むらさめのつゆもまたひぬまきのはに きりたちのほる秋のゆふくれ


■ 新古今和歌集の、361、362、363、の歌

さびしさはその色としもなかりけり 槙立つ山の秋の夕暮れ    寂連
心なき身にもあはれは知られけり 鴫立つさわの秋の夕暮れ    西行
見渡せば花も紅葉もなかりけり 浦の苫屋の秋の夕暮       定家

■ 百人一首

淋しさに宿を立ちいでてながむればいずくも同じ秋の夕暮れ   良暹法師

■ 塚本邦雄は新撰小倉百人一首で定家の歌としてこの歌を上げている。

見渡せば花も紅葉もなかりけり浦の苫屋の秋の夕暮  權中納言定家

■ 塚本が百人一首は凡作ばかりだとするのは、まあ、勝手といえば勝手だが、
■ 来ぬ人を、を置き換えてしまうと、なんの百人一首か分からない。
■ それに、定家の、花も紅葉もなかりけり、とする景色が秋の夕暮れなのだろうか、と思う。

見渡せば
花も紅葉もなかりけり 
浦の苫屋の
秋の夕暮

■ 自分が住んでいるわけでもない、漁師の住まいを遠くから見て、歌にしている。
■ 自分の「秋の夕暮」ではなく、寂連の「色としもなかりけり」を言い換えてみただけの歌で、いわば凡作だ。
■ それをなぜ塚本は定家の代表作のように「来ぬ人を」からこの歌に替えたのか。
■ 分からん。
■ ・・・
■ 芭蕉は、秋深き隣は何をする人ぞ、とした。
■ 会津八一は

かすがのに おしててるつきの ほがらかに あきのゆうべと なりにけるかも  八一

■ 今、百人一首から離れて、どんな秋の夕暮れを詠めばいいのだろうか、・・・

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にぎわいの 梅田の街に ふらり出て 疲れて帰る 秋の夕暮  遊水



 (092) 二条院讃岐 千載集
094 わか袖はしほひにみえぬおきのいしの 人こそしらねかはくまもなし

■ 塚本邦雄・新選小倉百人一首に、沖の石の讃岐以外は悉皆日代表歌、と絶賛している。
■ そして、「讃岐の作は、これの模倣と見られるがいかがであらう。」として、

わが袖は水の下なる石なれや人に知られで乾く間もなし  和泉式部

■ この歌を上げている。なるほど。
■ 状況は違うが、式子内親王の作も、和泉式部の模倣であろう、と言えるかもしれない。

絶え果てば絶え果てぬべし玉の緒に君ならむとは思ひかけきや  和泉式部

■ 本歌取りは普通なので、模倣という言い方は、適当ではないが、式子内親王は和泉式部の歌を知っていたと思われる。
■ 当時、娘の小式部内侍がからかわれるほど、和泉式部の歌はよく知られていた。
■ 和泉式部は歌が上手かったということだろう。
■ 讃岐や、式子内親王も、彼女のように読みたいとして手本にしたかのようだ。
■ 「しのぶれど」などは題詠だったが、同様に考えてもいいのかもしれない。

たえしころ たえねと思ひし たまのをの 君により又 をしまるるかな
たまのをの たえんものかは ちぎりおきし なかにこころは むすびこめてき

■ 和泉式部日記にこのような歌がある。
■ 「玉の緒」という表現はいつ頃から用いられたのか。
■ ところで、塚本邦雄は、次の歌を上げている。

夢にだに人を見よとやうたた寝の袖吹きかへす秋の夕風  讃岐

■ これを見て思い浮かぶ歌は、古今和歌集第十二・恋歌二の最初の歌だ。

うたた寝に恋しき人を見てしより 夢てふもの頼みそめてき  小野小町
思ひつつぬればや人の見えつらん 夢としりせばさめざらましを

■ 讃岐も小町の歌に倣いたいと思ったのかもしれない。

あい見ての 後の心を おもひつつ またあふことの うたた寝の夢   遊水

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 (091) 後京極摂政前太政大臣 九条良経 新古今集
095 きりゝゝすなくやしもよのさむしろに ころもかたしきひとりかもねん

■ 九条良経は新古今和歌集の際、後鳥羽院とともにあれこれ口出しした。
■ 38歳で死亡。「百人一首一夕話」には、天井から槍で突き殺されたとある。
■「衣片敷」は独り寝るのことだから馬から落ちて落馬するようなものだ。
■ 柿本人麻呂の「独りかも寝ん」は定家自身の感慨であったろうが、この人の「独りかも寝ん」は恨みをかい暗殺されるような彼自身の実際の孤独さを暗示しているのか。
■ 歌人としては、いい歌を作っている。例えば、新古今和歌集の最初の歌。

み吉野は山もかすみて白雪のふりにし里に春は来にけり

■ いい歌を作り、書が上手かったようだ。だからといって、人として評価するかどうかは別だ。
■ 定家は、彼に好意を持っていたとは言えない感じだ。


(095) 前大僧正慈圓 千載集
096 おほけなくうきよのたみにおほふかな 我たつそまにすみそめのそて 

■ いかにも坊主の歌だ。
■ しかし、暗殺されるような人間とは違い、口直し的に置いた感じもする。

  • 旅の世にまた旅寝して草まくら夢のうちにも夢をみるかな 慈円


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 (094) 参議雅経 新古今集 
097 みよしのゝ山の秋かせさよふけて ふるさとさむくころもうつなり

(093) 鎌倉右大臣 源実朝  新古今集
098 よのなかはつねにもかもななきさこく あまのをふねのつなてかなしも 

■ この歌は好きではない。
■ しかし、定家は選んだ。
■ 仮に、師弟関係、ととらえるなら、定家の師は俊頼であり、弟子は実朝だと思われる。
■ だから選び、百人秀歌では、百人一首より間近に配置した。
■ 百人一首の並びは、選び出しそのままの、下書き的なものだったようにとれる。
■ 百人秀歌で、実朝をここに配置したのは、よく考えたからだと、思われる。
■ 承元三年(1209)四十代後半だった藤原定家が書いた歌論書に近代秀歌がある。求めに応じ、実朝に贈ったようだ。
■ 新古今和歌集も贈るなどしている。
■ 頼朝の歌が二首があるので、実朝が見たかったようだ。
 
陸奥の 言はで忍ぶは えぞ知らぬ 書き尽くしてよ 壺の碑 新古今・雑・1786
道すがら 富士の煙もわかざりき 晴るるまもなき 空のけしきに 新古今・旅・975
 
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 (098) 正三位家隆 新古今集  
099 かせそよくならのをかはのゆふくれは みそきそなつのしるしなりける

■ 禊は何に関するみそぎなのか。
■ あるいは後鳥羽院が関係するのかもしれない。
■ 蛇足ながら、・・・
■ 似た名前の人もいた。
■ 間違わないように、あげておこう。
■ 天下の「荒くれ者」から国の「救世主」となった藤原隆家 、こんなことも書かれている。

わかれちはいつもなけきのたえせぬに
いととかなしき秋のゆふくれ  藤原隆家 874-離別


 (097) 権中納言定家  新古今集
100 こぬ人をまつほのうらのゆふなきに やくやもしほの身もこかれつゝ

■ この歌は、書で言う若書きの歌だ。
■ 最後を飾るのだから、もう少し落ち着いた歌でもよかったように思う。

藻塩焼き 心こがして 来ぬ人を まつほの浦の 夕凪ろかも  遊水

■ この歌を最後に置くことで彼自身の歌集とすることができた。
■ しかも、手本にした古今和歌集の紀貫之を越えることができた。
■ つらゆき、の歌をもう一度上げてみよう。
■ 古今和歌集・巻第一・春歌上
  1. 年の内に春はきにけり ひととせをこぞとやいはん ことしとやいはん  在原元方
  2. 袖ひちてむすびし水のこほれるを 春立つけふの風やとくらん  紀貫之
■ 古今和歌集・巻第十四、最後の歌。

道しらば摘みにもゆかぬ 住江のきしに生ふてふ恋忘れぐさ  つらゆき

■ 定家の歌と並べ置いてみれば、貫之は恋に負け、定家は恋に勝っている。
■ 定家は、伊勢物語の主人公にはなれなかったが、実質的に、自分の編纂し歌集を持つ紀貫之と同様に、自分の歌集を作ることができた。しかも、貫之に劣らない歌で最後を飾ることができた。
■ そのような満足感とともに「ふりゆくものはわがみなりけり」と、番外の101に配置した。
■ 藤原定家は新古今集の編集人の一人として参加したが、要するに下働きであった。
■ 後鳥羽上皇が采配し、さらに、京極摂政良経も口出ししたようだ。
■ 年下の男たちに、なんだ、こいつら偉そうに、と心の中で思わなかったとは言えない。

古今集 我が世の春の つらゆきは 自らの歌 初め終わりに 2025-03-20
新古今 下働きの さだいえは 院切り捨てて 秀歌となせり

■ こんなところか。
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(096) 入道前太政大臣 新古今集  
101 はなさそふあらしのにはのゆきならて ふりゆくものは我身なりけ

■ 定家は、自分も年を取ったものだ、との感慨にふけりつつ、まとめ上げた満足感に満たされた、余裕で、これをとりあげているかのようだ。
■ この人は「花誘う」という言葉を使いたかったのだろうが、ふりゆくものは「桜吹雪」と「年齢」であるので、「嵐の庭の雪」とするのは何か非論理的表現だ。
■ それを考え、最初、次のように改作した。
■ また風が吹かなくても桜は散るのだから、と。

嵐吹く 庭の桜の 雪ならで ふりゆくものは 我が身なりけり
風もなく 庭の桜の 散るほどに ふりゆくものは 我が身なりけり   遊水

■ 「はなさそふ」は先にもあげたが、次の歌がいい。
■ 強い風で散った花が琵琶湖まで飛ばされてゆく感じがよく出ている。

花さそふ 比良の山風 吹きにけり こぎゆく舟の 跡みゆるまで  宮内卿

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■ 百人秀歌には、百人一首の最後の、次の二人の歌はない。

後鳥羽院  
(099) 人もおしひともうらめしあちきなく よをおもふゆへに物思ふ身は

順徳院  
(100) 百敷やふるき軒端の忍ふにも なを餘りあるむかし成けり

■ 定家は、百人一首の「百」番目の歌として、最初は順徳院の歌がいいと思ったのだろう。
■ また、親の、後鳥羽院を取り上げないのは、形として整わないので、あわせて上げたと単純に考えた方がいいようにも思う。
■ 天智天皇、持統天皇、親子で始め、この親子で終わる配置は、百人一首としては、ありかもしれない。
■ 順徳院の歌自体も悪くはない。しかし、定家の「今」を、自信たっぷりに、詠う歌の後に「あまりある昔なりけり」を置くのは、場にそぐわない。定家としては見直して外したと考えてよい。
■ あるいは、定家の心とは別に、二人の歌を勝手に付け加えたと考えてもおかしくはないかもしれない。とにかく、客観的に見て「場にそぐわない」と感じることは定家自身もよく分かっていたと考えられる。
■ 後鳥羽院については、定家は、勅撰・新古今和歌集での下働きで、4年間も、こき使われているので、恩義を感じるより鬱陶しく感じていたのが本音だろう。
■ 二人を切り捨て、本当に自分が編纂した歌集として、百人秀歌を作って、清々しかったのではないか。

ふきはらふ もみぢのうへの 霧晴れて 峯たしかなる 嵐山哉   定家  



2024年10月2日水曜日

粋な噂ではなく、そ知らぬふりするできた奴


■ 2024-10-02
■ 昨日は百人一首関連を書こうと思っていたが、横道にそれた。
■ ちょっと書いておこう。

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■ ↑、この人が書いていたコトについてだけれど、・・・
  1. 実作者、歌、俳句、など
  2. 評論家
  3. 研究者
■ 彼女は、短歌を詠むかどうか知らないが、研究者だ。
■ 私の、作る側からみると、何か違和感を感じることもある。
  • 式子内親王が「男装」した歌
「忍恋」という歌題は、
恋の初期段階に、
男性が恋する女性に思慕の情を明かさないことであって
「玉の緒・・・」は男歌(男性が詠歌主題の唄)の題詠であることが論証された。

■ などとある。
■ 田淵は、その論証という根拠に立って解釈している。
■ へええ、・・・
■ 歌というものはそんなものなんですか。
■ で、思い出した都都逸がある。
  • 交わすまなざし他人の証拠 そ知らぬふりするできた奴  春日遅々波
■ これがごく普通の「忍」ということのように思う。
■ 2人の関係を知られないように、噂の種にならないように、ということではないかと思う。
■ さて、・・・
  • 玉の緒よ絶えなば絶えね長らへば忍ぶることの弱りもぞする  式子内親王
私の命よ、絶えるなら絶えてしまえ。
長らえると、
私の恋をあの人に秘めておく心が弱って、
抑えきれず思いが外に現れてしまうかもしれないから。

■ こういうことでいいのですかね。
■ なんか普通ではない。
■ 万葉集にはいくつか玉の歌がある。
■ 元々、玉は真珠であり、大伴家持の歌にもあるように腕輪にすることもあった。
■ その真珠に通した紐が切れてしまうように、ばらばらになるコトを想像するとよい。
■ 玉は、心、そして、その人をさし、お互いの存在を示している。
■ ということで、いずれ関係を隠しておけなくなるだろうから、
■ 人の噂になるまえに。
■ 逢いたくても、別れてしまいましょう。
■ ちょうど玉の緒が切れて、離れ離れになるように、ということのように思う。
  • しのぶれど色に出けりわが恋はものや思ふと人の問ふまで  平兼盛
■ これは、男歌、としてよいだろうけれど、こうした歌とは別のように思う。
■ ・・・
■ 全然関係ないけど、
■ 昨日の頁の下にリンクした映画は全体的にどんなモノか後で見てみよう。

2025年1月29日水曜日

歌合わせ、その3、解説・・・噂で聞いて初めて、お前もか

■ 2025-01-29
■ これに関しては、もう少し書いてもいいかな、と思う。

しのぶれど 色に出でにけり わが恋は ものや思ふと 人の問ふまで  平兼盛
恋すてふわが名はまだき立ちにけり人知れずこそ思ひそめしか  壬生忠見

■ 島津忠夫・新版・百人一首、白洲正子・私の百人一首、など、
歌話的興味にひかれたと思うのである。
有名な逸話があるところから二人を並べてだしたのだろう。
 
■ そうかな、?、先に書いたように、天皇の判定ではなく、自分だったらこっちだ、と。
■ 当時、歌の最高権威であると自認していた定家の性格を表しているように思う。
■ それはさておき、

こいすてふ
わがなはまだき
たちにけり
ひとしれずこそ
思ひ初めしか

■ ・・・

恋をした
早くも 私の名前が
噂になっている
人に知られないように
思い始めた ばかりなのに

■ 575 で書くと短歌になる。
■ 似たような情況はあるだろう。
■ なので、躊躇せず、自分の言葉で書くのがいい。
  1. 噂聞く お前あの娘が 好きなのか なんで分かるん 言うてへんのに
  2. なぜ分かる 俺が彼女を 好きなのか そりゃあ分かるさ 友達だから
  3. 恋をした いつか噂に なっていた 人にも言えず 黙っていたのに
■ 「1」の場合、噂で聞いて初めて、お前もか、という感じも出ているだろうか。
■ 三角関係の様相だ。
■ 「2」の場合、二人の友情だ。
■ 「3」の場合は、独り言。
■ 平兼盛、の場合は、自慢話だ。
■ これらの歌の質は置いといて、どれがいいか、・・・
■ また、私だったら、こう作る、と、女の立場ではどうだろう。
■ 色々できるだろう。


2025年6月14日土曜日

百人秀歌から百人一首を眺める その1 いにしえの 京のみやこの ことのはな けふわが筆に 咲きにけるかな


■ 2025-06-14
■ 量が多くなったので、とりあえず、2つに分割した。
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■ ある時、こんな句を作った。

そっとてをひらいてみせるほたるかな  遊水
やさしいね

■ と、私の顔を見て、句会で言った人がいたけれど、・・・
■ 女の子が何も言わず、小さな両手を開いて

ほらね

■ という顔をして、あそこにいたよ、と、言った。
■ こんな句がいくつかできたらいいな、と思うが、必ずしも読む人に伝わらない。
  • 私が手を開いた、と読む人が多い。
■ 句歌は万人を対象に作るわけではない。
■ それでも、歌を詠む人と、読む人の間に、距離がある場合も多い。
■ それはしょうがない、と思う。
■ まして、千年も昔の和歌ならなおさらかもしれない。
■ 分かりにくい歌もある。
■ しかし、時空を超えての同じ思い、が感じられる歌もたくさんある。
■ それがことばであり、そんな歌を知りたいと思うし、自分でも作ってゆけたらいいなと思う。
■ 自分とは違う言葉の世界を発見するのも、歌に接する楽しみのひとつだ。
■ と、ここまで書いて、何度か繰り返して読むうちに、具体的に何かとりあげた方がいいように思った。
■ ひとつとりあげよう。
■ その前に一首。
■ 平仮名なのでうっかりすることもあるが、言の葉、ではなく、言の花だ。

いにしえの 京のみやこの ことのはな けふわが筆に 咲きにけるかな

■ 伊勢大輔は「京のみやこ」でなく「奈良の都」の歌を詠んでいる。
■ 言葉が明確で機知に富んでいて、知性が感じられる。
■ 八重桜は咲く時期が少し遅い。
■ なので、いつも、花見が終わった頃に、毎年、奈良・興福寺から贈られてきたようだ。
■ 同席していた紫式部は、中宮・彰子に代わり、それに応える歌も作っていた。

いにしへの奈良の都の八重桜けふ九重ににほひぬるかな     伊勢大輔
九重に 匂ふを見れば 桜狩 重ねて来る 春の盛りか     紫式部
九重に 春の盛りの 桜花 重ねて来たる 喜びありて     遊水

■ 伊勢大輔と紫式部は、次の歌の詞書に見られるように、仲はよかった。

清水に籠りたりけるに、伊勢大輔参りあひて、もろともに御燈火奉りて、しきみの葉にかきてつかはしける
心ざし 君にかかぐる ともし火の おなじ光に あふがうれしき  紫式部
いにしえの 契もうれし 君がだめ 同じ光に 影を並べて     伊勢大輔

■ こんな逸話や歌がある。定家は適切に選んだようだ。
■ 伊勢大輔は、百人一首の他にどんな歌を作っているかを見ていたら気付いた。私が、「時空を超えての同じ思いが感じられる歌」として、本歌どりしたのは次の歌だ。
■ 並べおく。

わかれにしその日ばかりはめぐりきていきもかへらぬ人ぞ恋しき      伊勢大輔
原爆忌 そのひばかりは めぐりきて いきてかえらぬ ひとぞかなしき  遊水
忘れろと 言えないけれど 世の中の 忘れることの 優しさ思う     遊水

■ 歌は自分のことを詠むばかりでなく、他の人の心を詠むこともある。
■ 伊勢大輔が、今の時代に生きていたら、詠んだかもしれない共通の思いではないか。
■ 「原爆忌」という言葉は、説明しなければ、分からない国の人もいる。
■ 原子爆弾による無抵抗の人を無差別に大量に殺すという残虐さ、を意味する。
■ 原子爆弾を2個も落とすという残虐な行為をしたのはUSAだった。
■ いかなる手段であろうと、一個の人間が理由もなく殺されることに、人の思いがある。
■ 人には、一人ひとりの思いがある。ひとりひとりの思いとしてとらえなければならない。
■ 私が歌にする前に、そんな思いがあっただろうし、これからもあるだろう。
■ 「その日ばかりはめぐりきて」は何か考えさせるものがあった。
■ 以前、「観覧車回り続ける思い出は・・・」という歌をいくつか作ったことがある。
■ そんなもんではない。
■ 私の思いとは関係なく、その日ばかりはめぐりくる。
■ 「原爆忌」はこれからもずっと「めぐりきて」「無抵抗の人を無差別に大量に殺すという残虐さ」を思い起こさせるだろうか、原子爆弾は存在し続けている。
■ 伊勢大輔の歌は、ひとりの人の心をよく捉えて表現していた。
■ このように百人一首の歌ばかりでなく、いい歌がいくつもあることに気付くだろう。
  •  「この日ばかりは、めぐりくる」モノは他に幾つもある。
■ 「生と死」が主題だとすれば、逆に、

誕生日 この日ばかりは めぐりくる 母と私の 絆なるべく

■ 誕生日は自分自身が記憶してないからなのか、あまり、短歌として見ないような気がするが、ごく最近読んだ歌集に、誕生月の季節を詠んだ歌があった。
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生まれ親しむ 季節となりて

石蕗
我が生れし季節に入れば石蕗の花咲きてうれしその道をゆく     美智子
つわぶきの 花咲く道の うれしさよ 生まれ親しむ 季節となりて  遊水

■ 私が生まれたのは5月だけれど、端午の節句、鯉幟、粽、五月晴れ、などと詠んでも私の歌になるべくもない。
■ 困ったな、と思う。
  • 生まれ親しむ 季節となりて
■ この7・7の下の句に、上の句をどうつけるか、宿題だ。
■ いつできるか、分からない。
■ 困ったな。
■ 五月の私はつけられずいるけれど、他の人はつけることができるかもしれない。
■ 誕生石、や、星占いに使われる・星座、もある。
■ 世界中の誰にとっても、これは必ずある「題」なので、やってください。
■ こうした題詠の題を幾つか取り上げると、短歌の世界にまとまりがでてくるかもしれない。
■ 花言葉は、毎日だ。
■ 百人が詠めば、千人が詠めば、と考えると、この題だけで、大きな世界になる。
■ 新しく生まれて来る人もいるのだから、年々、大きな広がりとなる。日本人に限ることはなく、この題詠で、人々の交流も生まれるだろうし、互いの理解も深まると思われる。
■ こんなことを書いて、読み返していて、今日、ふっと思いついた。

月と日と ★と鳴く鳥 渡りくる 
生まれ親しむ 季節となりて

■ 星とされずに★と仮名漢字変換されたが、まあ、いいだろう。遊びなのだ。
■ 普通の人には分かりにくいかもしれない。
■ インターネットで「三光鳥」と検索、さえずりの動画があれば聞くとよい。
■ 野鳥撮影を始めたくなるかもしれない。
■ 野鳥撮影している人はすぐ分かるだろう。
■ 大阪城公園などで野鳥撮影している人には、待ち焦がれる鳥の一つで、続けてホイホイホイと鳴く。
■ ニセアカシアの花の咲く頃やってくる。
■ アカシアの蜂蜜というように、蜜を吸う虫が集まるからで、その虫を鳥が食う。
■ 大阪近辺では、アオスジアゲハもよく咥えているのが見られる。
■ 蝶の食草と関係するのだろう。
■ やってくるのは子育てのためだから、里帰りだ。
■ 美智子歌集「ゆふすげ」の歌をもうひとつ取り上げておこう。

  花吹雪
「雪」といふまごの声に見し窓にまこと雪かと花舞ひしきる     美智子
ゆきと言う 幼な児の声 窓の外に まこと雪かと 花舞いしきる  遊水・改作  

■ 最初読んだときに、5・7・5・7・7ではないので読みにくく感じた。
■ 字余りも、字足らずもありだけれど、読みやすさからは、・・・

「雪」といふまごの声に見し窓に
「雪」といふまごの声して見し窓に

■ こうすると、「に」が続くのも避けられる。
■ 私には子もいないし孫もいないので、幼な児、になる。
■ 幼児が言った言葉としては、漢字であらわされる「雪」でなく、言葉の「ゆき」という声だろうだから、「雪」というカッコつきの文字に引っかかったけれど、
■ 花吹雪という題で「まこと雪かと花舞ひしきる」という感性は素晴らしい。
■ これに替わる何か、と考えたが思いつかない。
■ 百人一首の「ひさかたの ひかりのどけき はるのひに しづごころなく はなのちるらむ」これは好きな歌で、「しずごころなく」がいいけれど、また、いくつか桜の歌を思い出せるけれど、「まこと雪かと花舞ひしきる」にまさる表現はないかと思う。
■ 自分では、桜の歌は作ってないような気がする。ただ、桜散る昭和は遠くなりにけり、と「明治は遠くなりにけり」を変えたような句とか
  • 淋しくて桜吹雪の中にたつ  遊水
■ こん句は作ったことがある。
■ 桜を題にした短歌を何か作れたらいいなと思う。

「花吹雪」異国の人に説明す「まこと雪かと花舞いしきる」さま    遊水

■ 詞書に「花吹雪」とあったので、とりあえず、こんなふうにしてみた。
■ ちなみに、同じ題の歌集がある。出版を強く勧めた永田和宏は気が付かなかったのか、ことばは個人のモノではないにしても、残念に思う。
2024年、美智子歌集「ゆふすげ」
1987年、道浦母都子歌集「ゆうすげ」
■ 「誕生月」は季節感がある。
■ 睦月、如月、弥生、卯月、皐月、・・・1月、2月、3月、・・・と個別にはあるが、
■ 「誕生日」という言葉自体を季語に入れてもいい。
■ 俳句には「季語」があり、歳時記がある。
■ 古今和歌集と比較すると、「雑」がない。
■ このため川柳という分野ができてしまった。
■ 江戸時代は、「俳句」とか「川柳」という分野というようなものはなく自由だったろう。
■ いったん有季定型という概念が定まると、ねばならない、という制約となり、広がりがなくなる。
■ 逆に、俳句の場合、季語があれば、それで俳句になると俗に流れやすくもある。
■ 歳時記があるだけに、そこある言葉をまず拾い出して句を作る人もいるようだが、その手軽さが、短いだけに、問題だ。
■ 私の場合「俳句」という言葉は使うけれど、「俳味」など意識しない。
■ 俳句は、元々、和歌から生まれた。
■ 俳味という潜在意識があったからだろう。
■ ある期間が過ぎると、俳句では表せない心があるのに気付くだろう。
■ 和歌、短歌は、俳句と違い、ほどよい長さなのようだ。
■ 私は俳句から定型詩に入ったが、短歌の方が自分には合っている気がする。
■ 俳句より和歌の方が選集としてたくさんあるし、言葉が洗練された歴史が深い。
■ しかし、まあ、俳句でよければ俳句も作る。
■ 川柳がよければ川柳になる。
■ 都都逸がよければ、7・7・7・5、の都都逸になるだろう。
・・・ 鳴かぬ蛍が 身を焦がす
■ いずれにしても定型だ。
■ 多少話が横道にそれた。
■ 内容的に、俳句には歳時記がある。古今和歌集では次の分類だ。
  1. 春、夏、秋、冬
  2. 賀、離別、羇旅、物名、恋、哀傷、雑、
  3. 大歌所御歌・神遊びのうた・東歌
  4. 墨滅歌
■ 「戦争と平和」や「愛と誠」などは普遍的だが、意識が現代社会と違うので、こんな部立てになっている。

世中に たえて桜の なかりせば 春の心は のどけからまし  在原業平
よのなかに たえて戦の なかりせば ひとのこころは のどけからまし  遊水

■ さて、・・・
■ 平安時代の和歌の特色を一言で言えば「袖と涙」になるだろうか。
■ では「百人一首」の場合は何か、・・・
■ 百首中、恋の歌は43首、女性は21人。
■ ヘミングウェイの「The Old Man and the Sea」的に書くと「老人と愛」かと思う。
■ そして定家の場合は、その「愛」を肯定的に得たとしている。
■ 「老人と愛」という見方が当たっているかどうか、百人一首に戻ろう。
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■ 丸谷才一は「新々百人一首」の、はしがき、に「萩原朔太郎・旅よりある女に贈る」と大弐三位「有馬やま」を挙げて、朔太郎はその影響下に作詩したのでは、などと書いていて、彼自身も朔太郎のこの詩が気に入っていた、と。
■ 私の場合は、中学時代など凡々たるものだったが、母の「うかはげ」という言葉はよく記憶している。くしくも、源俊頼の「うかりける」の歌がこの文章を書くきっかけのひとつだった。
■ 以前は、よく分からない歌だと思っていたが、自分で短歌を作るようになってからは、自分なりの観点で百人一首や他の和歌も読み、私だったらとこう作ると、歌を詠むようになった。
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あい

■ 「うか・はげ」については後で書くとして、朔太郎と大弐三位について書いてみよう。

ありまやま いなのささはら かぜふけば 
いでそよひとを わすれやはする

■ 掛詞として「有」「否」を織り込んだ歌だが、このように2行に書きつけると、また、違ったことに気付く。
■ 即ち「あい」である。
■ ideal ではない。アクセントが違う。
■ 愛である。
■ 愛についての和歌であり、詩だ。
■ たまたま「あい」となっただけで、別に意識したわけではなく、単なる言葉遊びには過ぎないけれど、ひとつのきっかけとして書いてみよう。
■ 昔は、恋はあったが、愛・あい、という言葉はなかった。
■ いとし・こいし、の、いとし、だ。
■ 漢字で書くと、なぜ愛になるのか、愛しい、とコンピュータで仮名漢字変換される。
■ 何の疑問も持たず、この変換を受け入れるのは、変だが、意味的に、いとしい、が愛に通じる。
■ 本当は、いとしい、ではなく、いと・おしい、だ。
■ 愛おしい、と変換される。
■ 日課で野鳥を撮っていると、オシドリにその言葉が残っていると気づく。
■ いとおしい、から、いとしい、になり、「お」がなくなった。
■ 言葉は使われてゆくうちに変化し、もともとの意味が分からなくなるのは、よくあることだ。
■ 「お」がなくなり「おし」とは何、となって、わからん、なに、こじつけちゃうのん、となる。
■ 「おし」という言葉が使われた順番から言えば、をし、おし、・・・
OSI
ITO - OSI, ITOOSI
ITOSI
■ ホンマかいな。
■ ホンマかどうか、その辺のところが、言葉というのは、面白い・オモロイ、のだ。
■ ここで多少寄り道だが、

国土 こくど  koku  do
土地 とち   to  chi    to   ti
地面 じめん  ji  men   zi   men

■ 仮名文字の使い方の制限の悪影響だ。
■ このような言葉の使われ方をすることを十分頭に入れておいた方がいい。
■ このような言葉を使い慣れていると、古い言葉遣いの判断に誤ることがある。
■ おし・をし、は後鳥羽院の歌がある。
■ 「ひともをし」の歌は私が引っかかった歌のひとつだが、後で書こう。
■ 昔、愛はなかった、というけど、だったら、
  • あいみての のちのこころに くらぶれば むかしはものを おもわざりけり
■ こんな歌、百人一首にあるやろ、この「あい」って、なんなの、というかもしれない。
■ ないことない、あるやないの、というご意見、ごもっともである。
■ あいみての、って、具体的に、現実的に考えて、何することなのでしょうか。
■ 解説書などみると、きぬぎぬのうた、即ち漢字で書くと、
  • 後朝の歌、と婉曲に表現している。
■ 後朝、って何、・・・衣々。
■ じつは、こじつけ、ちゃうよ、この、あいみての、ということは、夜があって朝、朝になって、よかった、と思うかどうか、ということなんだから、
■ 意識して、そういう言葉を使ってなかったかもしれないが、ちゃんと、「あい」という言葉はあったのだ。
■ 愛という文字でおかしくなった。
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■ ところで、朔太郎の詩だけれど、これについては三好達治に関連して書いた記憶がある。

山に登る
旅よりある女に贈る

山の頂上にきれいな草むらがある、
その上でわたしたちは寝ころんでゐた。
眼をあげてとほい麓の方を眺めると、
いちめんにひろびろとした海の景色のやうにおもはれた。
空には風がながれてゐる、
おれは小石をひろつて口くちにあてながら、
どこといふあてもなしに、
ぼうぼうとした山の頂上をあるいてゐた。
おれはいまでも、お前のことを思つてゐるのだ。

■ この詩は、現実と過去が交差した記述になっている。
■ 「俺」が今、「私達」が回想だから、言葉は変えず、時間軸に合わせて再構成した。

 萩原朔太郎・作、橋本遊水・改
 
山に登る
空には風がながれてゐる、

おれは小石をひろつて口くちにあてながら、
どこといふあてもなしに、
ぼうぼうとした山の頂上をあるいてゐた。
山の頂上にきれいな草むらがある、
その上でわたしたちは寝ころんでゐた。
 
旅よりある女に贈る

眼をあげてとほい麓の方を眺めると、
いちめんにひろびろとした海の景色のやうにおもはれた。
おれはいまでも、お前のことを思つてゐるのだ。

ありまやま いなのささはら かぜふけば 
いでそよひとを わすれやはする

■ 和歌は手紙を介しての間接的な対話だが、現実のやり取りだ。
■ それが恋と愛の違いかもれない。
■ 萩原朔太郎は大弐三位のこの歌をどのように参考にしたのかな、と思う。
■ それには歌の意味を知らなければならない。
■ 丸谷才一はどのように捉えて朔太郎と関連があるとしたのか。
■ 詞書には
  • 「かれがれなる男の覚束なうなどいひたりけるに詠める」
■ とある。
■ 二人の仲が疎遠になっているのはあなたの心が覚束ない、つまり、はっきりしないので、などと言ってきたので詠んだ、という状況だ。
■ よく見る解説では、尾崎雅嘉「百人一首一夕話」とほとんど同じで、上の句は「いでそよ」というための序詞に過ぎない、としているが、単なる序詞ではない。
■ 「有」と「否」でのやりとりだ。
■ 「かぜふけば」ということは、相手が言ってきたから、それに対しての返事だ。
■ 「いでそよ」を単に「そうですよ」としていいのかなと思う。
■ 和歌を解説してもその歌を理解したことにはならない。
■ 心を言葉にしたものが歌だから、自分だったら31文字にどう表現するかだ。
■ 歌にしないと、元の歌の良さをとらえたことにはならない。
■ 自分が作ってうまくいかなければ、元の歌が優れていることになる。
■ 相手が稲野に住んでいる人かどうか、その辺のところは、本人同士のやり取りだから歌には表れない。推測するしかない。
■ 有馬山から吹く風が強いから、俺の住んでる稲野では笹原がそよぐのだ。
■ そうですか、あなたの方で、どんな風がふいているか知りませんけど、私の方の気持ちは「有」ますよ。「「否」ではありません。

ありまやま いなのささはら かぜふけば いでそよひとを わすれやはする  大弐三位
有ますよ 否の風だと いいますが よそかぜほども 忘れてません      遊水

■ 大弐三位の歌には、有馬山、と、猪名川、と、ふたつの地名が詠み込まれている。
■ やはり、有馬山と猪名川に住む二人の間のやり取りが想定される。
■ ささはら、とあるが、篠笛、篠籠、などに使われる篠竹、矢竹の多い場所であろう。
■ いでそよ、の、そよ、は、前に、かぜふけば、とあるので、そよかぜ、となる。
■ 31文字で詠み込むのは難しいけれど、それを補う詞書がある。
■ 相手の男は、自分のことは棚に上げ、かれる、とか、おぼつかない、などの言葉のある歌をよこしたようだ。並べ置いてみよう。

かれにしは おぼつかなくも ゆれうごく 有馬やま吹く かぜもつめたく  よみ人知らず
ありまやま いなのささはら かぜふけば いでそよひとを わすれやはする

■ 一応、よみ人知らず、としておいたが、私の知るところではある。
■ 当時の相関図など作ってみると面白いかもしれない。
■ いつだったか、google で愛と恋を翻訳したらどちらも love だった。
■ 英語は、よお知らんけど、へええっ英語圏には恋愛ってないのかな、と思う。
■ 日本の場合、漢字はもともと当て字だった。
■ もちろん、あい、という概念はあった。
■ 同音意義語を見ると、それが、あい、だと分かる。
■ 古事記など見ればよく分かる。
■ 「かみ」も同様だ。
■ 同じように同音異義語を漢字で書いて、その幾つかに共通する何か「上」など、昔の人が何に着目していてるかを考えるとよい。
■ 英語の God と違うのは、「同様」という言葉を理解できない人たちの認識だ。
■ 愛という漢字は、いつ頃から使われるようになったのか。
■ これについては、またいつか、だが、
■ 簡体中文では
■ と書き、こんな文字を平気で使う国、もはや、心なき人々だろう。
■ この文字を元にもどさなければ、その国は、まあ、ダメだなという気がする。文字と言葉の不整合が人の意識に影響する。
■ 日本語の場合、表意文字と表音文字の組み合わせで、仮名文字の存在の意味は大きい。
■ さて、「うかはげ」のことだけれど、
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うかはげ


■ 「うかはげ」って何ですか、という問いに、直ちに答えられる人はたくさんいると思われる。
■ たくさんと言っても、めちゃ、多いわけではないだろうけれど。
■ すぐ、反射的に応えられる人は確実にいる。
■ ほんと?と疑う人もいるかもしれないが、私が立証するまでもない事実だ。
■ この言葉を知ったのは、母からだったが、いつ頃だったかは記憶にない。
■ おそらく、中学の時だった。
  • うか・はげ
■ この言葉から、その世界に入るのも一つの道かもしれない。
■ その世界では常識なのだから、・・・
■ その世界とは、カルタとり/百人一首だ。
■ 島津忠夫訳注・新版百人一首の新版に当たって、
角川文庫「百人一首」は昭和四十四年七月に初版が出て、平成十一年六月に新版を書き、十一月に初版が発行されたことが分かる。
■ 新版には索引の後に、「きまり字を太字で示した」平仮名の百首一覧がある。
■ この表を見ると、別の視点も得られる。
■ うか・はげ、は「あいうえお」の「う」だからすぐ出てくる。

字余り

■ 和歌・短歌は、普通5・7・5・7・7、だれど
■ 全て仮名文字故、字余りの歌も幾つあるかもすぐ分かる。
■ こうした歌に注目するのもいい。
■ 例えば、はなのいろは、も6文字で始まる。
■ 小野小町については後で書くことになるが、実は、この歌、私は、自分に絡めて次のように書いた。

花の色はうつりにけりないたづらに我が身世にふるながめせし間に   小町
世の中はうつりにけりないたづらに我が身世にふるながめせし間に 
世の中は 移りにけれな いたずらに 我関せずと 眺めせしまに   遊水

■ この歌から書き始めてもいいかと思っていた。
■ 一般に古典に接するのは、普遍的なモノを見出すからで、人が増えただけ社会が複雑になっているが、ごく個人的な人は基本的には変わらない。時代はうつり「どう思うか」はそれぞれで、今の自分の歌としてどう詠むかだ。

このひばかりは、めぐりきて
うつりにけりな いたづらに

■ このような言葉に共通性が感じられる。
■ 百人一首は過去の人の心の記録で、その資料を、ことばとして、心としてどう読むのかだろう。
■ ここで、あえて「資料」という言葉を使った。研究者とか評論家にはその資料・ネタであろうが、私の場合は、ただ、自分の歌を詠むためにだけに読んでいるわけではない。

吹くからに秋の草木のしほるればむべ山風をあらしといふらむ  文屋康秀

■ 嵐という文字は、もともとは、日本語的な荒々しい風ではなく、靄のような状態で、
■ 漢詩では、翠嵐などと使い、緑の山の空気の・雰囲気をいう。
■ 「やまおろし」という言葉があるが、それに似ている。山と風の組み合わせだと、馬鹿にする解説はよくある。
■ 単純すぎる。
■ そんな解説でいいのかね。
■ そんなことに気付く面白さもあり、他に発見することもあるかもしれないのが言葉だ。
■ 「百人秀歌から百人一首を眺める」ということで書き始めた。
■ 百人一首は百人秀歌の並びで見た方が定家の意図が分かりやすいと思ったからだれど、
■ 個々の歌についてとらえようとすると、仮名書き・五十音順で分類された100首はごく基本的には一番いいかもしれない。
■ 作者も省けば、余計なことは考えず「ことば」のみに集中できる。

ひらがな

■ 日本語を学ぶ人は、仮名文字を最初に習うだろう。
■ 仮名文字だけで書かれた和歌は「ことば」を知る基本になる。
■ 文字が読めれば、何度も声に出して、文として読むことができる。
■ 言葉は耳で聞くものだった。目で読むより耳で聞く方が印象に残る。
■ それは、名前でもいえるかもしれない。
■ 池波正太郎の「剣客商売」に出て来る「みふゆ」と比較して、ようこ、ゆうこ、・・・どんな響きが、女剣士の名前として感じられるか、と似ている。
み  mi  きりっととした感じ
ふゆ fuyu ふわっとした感じ
■ 耳で聞くと、意味より先に何かが感じられるかもしれない。
■ ということで、日本語を知らなかった人に、古典を理解する優位性があるかもしれない。
■ 日本語を日常的に使っている日本人の全てが百人一首を知っているわけではなく、日本語を知っていると思っていることが本当に理解しようとするコトの妨げになることもあるだろう。
■ 言葉を純粋に積極的に知ろうとする人が、本当によく知ることになる。
■ 分かち書きにすればより良いかもしれないが、基本、5・7・5・7・7にした。
■ 島津忠夫訳注・新版百人一首では、5・12・14、の一覧表になっている。
■ 「きまり字」の覚えとしてはその方ががいい。
■ 下の句の最初、4句目で、あいうえお順に並べてみると、・・・
■ 上の句と下の句のつながりに何かがあることを発見できるかもしれない。
■ 1句目で並べることのほか、2句目、3句目、4句目、5句目で、5種類の一覧表を作ると、各句索引より便利かもしれない。
■ Excel を使えば容易にできる。
■ 百人一首のように限定的な世界では、使われている言葉はそれ以外にないので、幾つか一覧表的に作ると言葉に対する感覚が違って見えるかもしれない。
■ 頻繁に使われる言葉と「無い」ことばは、分類によって分かりやすくなる。
■ こうして100首並べると、多いようにも感じられる。
■ 百人一首・百人秀歌を、例えば、10首ごとに区切りをつけ、適当に選ぶのがいいかもしれない。
好きな歌
気になる歌
■ など、自分の選択基準のもとに、20 首程度を対象にして鑑賞するのもいいかと思う。
■ 20という量は扱いやすい。
■ 100首全体については、そのあと、じっくり扱えばよい。
■ とにかく、自分にとって「百人一首・百人秀歌」とは何か、だ。

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仮名書き・五十音順


■ 後でもう少し見直すとして、とりあえず、・・・
■ あいうえお ・・・ 「あ」で始まる言葉が多い。
 
001   79   あきかぜに  たなびくくもの  たえまより   もれいづるつきの かげのさやけさ
002     1   あきのたの  かりほのいほの  とまをあらみ  わがころもでは  つゆにぬれつつ
003   52   あけぬれば  くるるものとは  しりながら   なほうらめしき  あさぼらけかな
004   39   あさぢふの  をののしのはら  しのぶれど   あまりてなどか  ひとのこひしき
005   31   あさぼらけ  ありあけのつきと みるまでに   よしののさとに  ふれるしらゆき
006   64   あさぼらけ  うぢのかはぎり  たえだえに   あらはれわたる  せぜのあじろぎ
007     3   あしびきの  やまどりのをの  しだりをの   ながながしよを  ひとりかもねむ
008   78   あはぢしま  かよふちどりの  なくこゑに   いくよねざめぬ  すまのせきもり
009   45   あはれとも  いふべきひとは  おもほえで   みのいたづらに  なりぬべきかな
010   43   あひみての  のちのこころに  くらぶれば   むかしはものを  おもはざりけり
011   44   あふことの  たえてしなくは  なかなかに   ひとをもみをも  うらみざらまし
012   12   あまつかぜ  くものかよひぢ  ふきとぢよ   をとめのすがた  しばしとどめむ
013     7   あまのはら  ふりさけみれば  かすがなる   みかさのやまに  いでしつきかも
014   56   あらざらむ  このよのほかの  おもひでに   いまひとたびの  あふこともがな
015   69   あらしふく  みむろのやまの  もみぢばは   たつたのかはの  にしきなりけり
016   30   ありあけの  つれなくみえし  わかれより   あかつきばかり  うきものはなし
017   58   ありまやま  ゐなのささはら  かぜふけば   いでそよひとを  わすれやはする

018   61   いにしへの  ならのみやこの  やへざくら   けふここのへに  にほひぬるかな
019   21   いまこむと  いひしばかりに  ながつきの   ありあけのつきを まちいでつるかな
020   63   いまはただ  おもひたえなむ  とばかりを   ひとづてならで  いふよしもがな

021   74   うかりける  ひとをはつせの  やまおろしよ  はげしかれとは  いのらぬものを
022   65   うらみわび  ほさぬそでだに  あるものを   こひにくちなむ  なこそをしけれ

023     5   おくやまに  もみぢふみわけ  なくしかの   こゑきくときぞ  あきはかなしき
024   72   おとにきく  たかしのはまの  あだなみは   かけじやそでの  ぬれもこそすれ
025   60   おほえやま  いくののみちの  とほければ   まだふみもみず  あまのはしだて
026   95   おほけなく  うきよのたみに  おほふかな   わがたつそまに  すみぞめのそで
027   82   おもひわび  さてもいのちは  あるものを   うきにたへぬは  なみだなりけり

■ かきこけこ 

028   51   かくとだに  えやはいぶきの  さしもぐさ   さしもしらじな  もゆるおもひを
029     6   かささぎの  わたせるはしに  おくしもの   しろきをみれば  よぞふけにける
030   98   かぜそよぐ  ならのをがはの  ゆふぐれは   みそぎぞなつの  しるしなりける
031   48   かぜをいたみ いはうつなみの  おのれのみ   くだけてものを  おもふころかな

032   15   きみがため  はるののいにでて わかなつむ   わがころもでに  ゆきはふりつつ
033   50   きみがため  をしからざりし  いのちさへ   ながくもがなと  おもひけるかな
034   91   きりぎりす  なくやしもよの  さむしろに   ころもかたしき  ひとりかもねむ

035   29   こころあてに をらばやをらむ  はつしもの   おきまどはせる  しらぎくのはな
036   68   こころにも  あらでうきよに  ながらへば   こひしかるべき  よはのつきかな
037   97   こぬひとを  まつほのうらの  ゆふなぎに   やくやもしほの  みもこがれつつ
038   24   このたびは  ぬさもとりあへず たむけやま   もみぢのにしき  かみのまにまに
039   41   こひすてふ  わがなはまだき  たちにけり   ひとしれずこそ  おもひそめしか
040   10   これやこの  ゆくもかへるも  わかれては   しるもしらぬも  あふさかのせき

■ さしすせそ 

041   70   さびしさに  やどをたちいでて ながむれば   いづこもおなじ  あきのゆふぐれ

042   40   しのぶれど  いろにいでにけり わがこひは   ものやおもふと  ひとのとふまで
043   37   しらつゆに  かぜのふきしく  あきののは   つらぬきとめぬ  たまぞちりける

044   18   すみのえの  きしによるなみ  よるさへや   ゆめのかよひぢ  ひとめよくらむ

045   77   せをはやみ  いはにせかるる  たきがはの   われてもすゑに  あはむとぞおもふ

■ たちつてと 

046   73   たかさごの  をのへのさくら  さきにけり   とやまのかすみ  たたずもあらなむ
047   55   たきのおとは たえてひさしく  なりぬれど   なこそながれて  なほきこえけれ任
048     4       たごのうらに うちいでてみれば しろたへの   ふじのたかねに  ゆきはふりつつ
049   16   たちわかれ  いなばのやまの  みねにおふる  まつとしきかば  いまかへりこむ
050   89   たまのをよ  たえなばたえね  ながらへば   しのぶることの  よわりもぞする
051   34   たれをかも  しるひとにせむ  たかさごの   まつもむかしの  ともならなくに

052   75   ちぎりおきし させもがつゆを  いのちにて   あはれことしの  あきもいぬめり
053   42   ちぎりきな  かたみにそでを  しぼりつつ   すゑのまつやま  なみこさじとは
054   17   ちはやふる  かみよもきかず  たつたがは   からくれなゐに  みづくくるとは

055   23   つきみれば  ちぢにものこそ  かなしけれ   わがみひとつの  あきにはあらねど
056   13   つくばねの  みねよりおつる  みなのがは   こひぞつもりて  ふちとなりぬる

■ なにぬねの 

057   80   ながからむ  ここをもしらず  くろかみの   みだれてけさは  ものをこそおもへ
058   84   ながらへば  またこのごろや  しのばれむ   うしとみしよぞ  いまはこひしき
059   53   なげきつつ  ひとりぬるよの  あくるまは   いかにひさしき  ものとかはしる
060   86   なげけとて  つきやはものを  おもはする   かこちがほなる  わがなみだかな
061   36   なつのよは  まだよひながら  あけぬるを   くものいづこに  つきやどるらむ
062   25   なにしおはば あふさかやまの  さねかづら   ひとにしられで  くるよしもがな
063   88   なにはえの  あしのかりねの  ひとよゆゑ   みをつくしてや  こひわたるべき
064   19   なにはがた  みじかきあしの  ふしのまも   あはでこのよを  すぐしてよとや

■ はひふへほ

065   96   はなさそふ  あらしのにはの  ゆきならで   ふりゆくものは  わがみなりけり
066     9   はなのいろは うつりにけりな  いたづらに   わがみよにふる  ながめせしまに
067     2   はるすぎて  なつきにけらし  しろたへの   ころもほすてふ  あまのかぐやま
068   67   はるのよの  ゆめばかりなる  たまくらに   かひなくたたむ  なこそをしけれ

069   33   ひさかたの  ひかりのどけき  はるのひに   しづごころなく  はなのちるらむ
070   35   ひとはいさ  こころもしらず  ふるさとは   はなぞむかしの  かににほひける
071   99   ひともをし  ひともうらめし  あぢきなく   よをおもふゆゑに ものおもふみは

072   22   ふくからに  あきのくさきの  しをるれば   むべやまかぜを  あらしといふらむ

073   81   ほととぎす  なきつるかたを  ながむれば   ただありあけの  つきぞのこれる

■ まみむめも 

074   49   みかきもり  ゑじのたくひの  よるはもえ   ひるはきえつつ  ものをこそおもへ
075   27   みかのはら  わきてながるる  いづみがは   いつみきとてか  こひしかるらむ
076   90   みせばやな  をじまのあまの  そでだにも   ぬれにぞぬれし  いろはかはらず
077   14   みちのくの  しのぶもぢずり  たれゆゑに   みだれそめにし  われならなくに
078   94   みよしのの  やまのあきかぜ  さよふけて   ふるさとさむく  ころもうつなり

079   87   むらさめの  つゆもまだひぬ  まきのはに   きりたちのぼる  あきのゆふぐれ

080   57   めぐりあひて みしやそれとも  わかぬまに   くもがくれにし  よはのつきかな

081  100     ももしきや  ふるきのきばの  しのぶにも   なほあまりある  むかしなりけり
082   66      もろともに  あはれとおもへ  やまざくら   はなよりほかに  しるひともなし

■ やいゆえよ 

083   59   やすらはで  ねなましものを  さよふけて   かたぶくまでの  つきをみしかな
084   47   やへむぐら  しげれるやどの  さびしきに   ひとこそみえね  あきはきにけり
085   32   やまがはに  かぜのかけたる  しがらみは   ながれもあへぬ  もみぢなりけり
086   28   やまざとは  ふゆぞさびしさ  まさりける   ひとめもくさも  かれぬとおもへば

087   71   ゆふされば  かどたのいなば  おとづれて   あしのまろやに  あきかぜぞふく
088   46   ゆらのとを  わたるふなびと  かぢをたえ   ゆくへもしらぬ  こひのみちかな

089   93   よのなかは  つねにもがもな  なぎさこぐ   あまのをぶねの  つなでかなしも
090   83   よのなかよ  みちこそなけれ  おもひいる   やまのおくにも  しかぞなくなる
091   85   よもすがら  ものおもふころは あけやらで   ねやのひまさへ  つれなかりけり
092   62   よをこめて  とりのそらねは  はかるとも   よにあふさかの  せきはゆるさじ

■ らりるれろ ・・・ なし
■ わいうえを

093     8      わがいほは  みやこのたつみ  しかぞすむ   よをうぢやまと  ひとはいふなり
094   92   わがそでは  しほひにみえぬ  おきのいしの  ひとこそしらね  かわくまもなし
095   38   わすらるる  みをばおもはず  ちかひてし   ひとのいのちの  をしくもあるかな
096   54   わすれじの  ゆくすゑまでは  かたければ   けふをかぎりの  いのちともがな
097   76   わたのはら  こぎいでてみれば ひさかたの   くもゐにまがふ  おきつしらなみ
098   11   わたのはら  やそしまかけて  こぎいでぬと  ひとにはつげよ  あまのつりぶね
099   20   わびぬれば  いまはたおなじ  なにはなる   みをつくしても  あはむとぞおもふ

100   26   をぐらやま  みねのもみぢば  こころあらば  いまひとたびの  みゆきまたなむ

■ 100首並べると、多いようにも感じられる、と先に書いた。
■ どれから始めるか、迷う人もいるかもしれない。
■ 五十音で並べると、一つしかない歌もある。
「さ」 さびしさに
「す」 すみのえの
「せ」 せをはやみ
「ふ」 ふくからに
「ほ」 ほととぎす
「む」 むらさめの
「め」 めぐりあひて
「を」 をぐらやま
■ また、「らりるれろ」の歌はない。
■ 百人一首は定家の選で私が選んだ訳ではない。自分の好みとか自分が取り上げた歌について述べればいいようにも思う。
■ 百人一首については多くの本があり、ただの解説なら、それらを見ればいい。
■ 私がそのまま繰り返しても何の意味もない。
■ 「さ」で始まる歌は、さびしさに、しかない。とりあげてみよう。

さびしさに やどをたちいでて ながむれば いづこもおなじ  あきのゆふぐれ

■ この歌は表面的には分かりやすい歌だと思う。
■ ただ、解説書を見れば、誰も分かってないのかな、と思う。
■ 内を出て、ぐるっと見回しただけなら、いづこもおなじ、とは言わない。

いづこもおなじ
いつもとおなじ

■ なので、外に出てぐるっと周囲を見回しただけではない。
■ あちこち行って、見て、どこもおなじだ、と感じたに違いない。
■ だから、やどをたちいでて、から、ながむれば、いづこもおなじ、と感じる間には長い時間があったはずだ。
■ この歌を詠んだのは、ゆふぐれ、だ。
■ では、たちいでた、のはいつだったのか、ふつうに考えれば朝だ。
■ 朝に起きて、あちこちに行って、夕方に帰ってきた。
■ と、こんなふうには、解説していない。
■ ということで、この歌は、ほとんど誰も理解してないように思った。
■ 「さびしさに」というコトは、寂しかったので、寂しくないトコロに行ってみようかな、と思いたった。
■ 寂しい所はどこで、寂しくない所はどこなのか。
■ 31文字の短歌は論理的なのだ。
■ 朝起きて帰宅するまで何時間あったのか。
■ 9時に出て、17時に帰って来た、とすると8時間ある。
■ 往復、それぞれ4時間、行った先で何かをしたとすると、約3時間の道のりだと考えられる。
■ この歌の作者は、良暹法師は大原に住んでいた。都の3里北だ。
■ 彼は寂しかったので、(賑やかな)京都の街に出た。

さびしさに やどをたちいでて ながむれば いづこもおなじ  あきのゆふぐれ
みやこへは さんりのみちの ゆきかえり いずこもおなじ あきのゆうぐれ  遊水

■ 並べ置くと、さびしさに、と言わなくてもよかった。
■ このように、ひとつしかない歌から始めるのもいい。
■ 「わたのはら」で始まる歌は2首ある。「あさぼらけ」や「きみがため」も2首ある。「君がため」は意味的に問題はない。
  • わたのはら、とは何か
■ これについては以前書いたが、この言葉自体が意味深い。
  • わたつみ わだつみ
わたつうみの波の花をばとりつとも人の心をいかが頼まむ  紀貫之
わたつ海の波の花をは染かねて八十島遠く雲そしくるる  後鳥羽院

■ 日本語の起源を調べてゆくと、古代韓国語は、日本から渡っていったことが分かる。
■ そして、例えば、「海」は、その名残で、今でも使用している。

水 湖 
mizu  mizu-umi  umi

海原
una-bara
-----------------------------------------------------------------------------------------------------------
海  바다 
umi  bada
-----------------------------------------------------------------------------------------------------------
南コリアの人間に、una bara を発音させてみると分かるだろう。
bara ではなく、bada に近い発音になる。
そして、逆に、日本語として発音すると、・・・

bada → wada

和田の原
wada-no-hara

または
わたのはら
wata-no-hara
ex. わたのはら やそしまかけて こぎいでぬと ひとにはつげよ あまのつりふね

わだつみ
わだつうみ
wada-tu-umi
ex. 聞け、わだつみの声
-----------------------------------------------------------------------------------------------------------
umi

海原  草原
原は広い場所をさす

■ わたのはら、とか、わだつみ、ということばを海として使うのは語呂のよさもあるだろうけれど、異国への憧れ的なこころでもあろう。
  • わたつ海のおきにこがるる物見ればあまの釣りしてかへるなりけり 清少納言
  • はるかなる唐土までも行くものは秋の寝覚の心なりけり  大弐三位
  • はるかなるParisまでも行くものは秋の寝覚の心なりけり  遊水
■ この歌の「もろこし」と似た感じだ。
■ 次に、「わたつみ」の例を幾つかとりあげた。

袖ぬれて海人の刈りほすわたつうみのみるをあふにてやまむとする 伊勢物語
草も木も色変はれどもわたつ海の浪の花にぞ秋なかりける 文屋康秀古今和歌集・秋下

源実朝、番号は、岩波文庫「金槐和歌集」による。
225 和田の原八重の塩路にとぶ雁の翔のなみに秋風ぞふく
263 ながめやる心もたへぬ和田の原八重の塩路の秋のゆうぐれ
482 わたつみに流れ出たるしかま川しかもたえずや戀わたりなむ
641 わたつ海の中に向ひていずる湯のいづのお山とむべもいひけり
690 春秋はかはりゆくともわたつ海のなかなる島の松も久しき

和田津海の沖に火もゆる火の国に われあり誰ぞやおもわれ人は  柳原白蓮

■ この歌の碑は、近くの公園・千里南公園の梅林の南端にあるので取り上げた。
■ ・・・
■ 「百人一首」は「あきのたの」から始まり「ももしきや」で終わるが、この順に読まなければならないわけではない。好きなところを読めばいい。五十音に並んでいるのをみると、「あ」で始まるものが多い。17首もある。どれを取り上げようかと迷うが、ひとつしかなければ、悩むこともない、として、 先に、「さ」の歌を取り上げた。

これやこの 逢坂の関

■ 「さびしさに」の一つ上に「これやこの」がある。
■ この歌に入る前に、楽譜のことが思い浮かんだ。
■ Da capo、とか、Dal segno、などだ。
■ というのも、繰り返し、何度も書いたからだ。
■ そして、まだ、自動翻訳などできないな、と思う。
④ --------------------------------------------------

ゆくも・かえるも
しるも・しらぬも

■ これが特徴で、こんな感じの歌は他にない。

これやこの ゆくもかへるも わかれては しるもしらぬも あふさかのせき

■ 「逢坂の関」はいつ頃からあるか、また、なぜ「逢坂」と呼ばれているかは知らないが、おそらく、誰かが調べていることだろう。
■ 古くからあった関所で、紫式部も「源氏物語」第十六帖・関屋、にも取り入れられていて、よく知られていたと思われる。

逢坂の関やいかなる関なればしげき嘆きの中を分くらん  空蝉
行くと来とせきとめがたきなみだをや絶えぬ清水と人は見るらむ  空蝉

■ ここでは「行くと来と」としている。
■ 私は「くるもかえるも」とした。

ゆくもかへるも
くるもかえるも

しるもしらぬも
おいもわかきも

わかれては
つどいては

わかれては しるもしらぬも
にほんごを しるもしらぬも

■ この歌は、色々変化をつけられてオモシロイ。
  • これやこの くるもかえるも つどいては しるもしらぬも ハチ公の前  遊水
■ 訪日客を意識して作ったので、来るも帰るも、とした。
■ 忠犬「ハチ公」は、今や、世界的に有名だ。
■ こんなことを考えながら読むと、百人一首のオモシロサが倍増する。
■ しかし、次のような google 翻訳でも分かるように、この短歌では理解できないようだ。


■ 見ず知らぬ人でも出会う、ということで「互いに知っている人」でも「知らない仲」でも人々は出会う場所だ、という意味には受け取れないようだ。
■ 英語はよく知らないが、感じとしては

This is it
 this is the place 
「この」は「ハチ公の前」という場所を示す

coming and going
coming or going 
来る人も、帰る人も

gathering together
gathering there 
この場所に集まる

whether we know it or not
everybody 
誰もがみんな

■ ついでに、源氏物語に挑戦してみようという人もいるかもしれない。
■ 長い物語だが、一から全部読まなければならないではない。
■ 適当に面白そうなところを読めばいいのだ。
fine
① --------------------------------------------------
■ 以前も google 翻訳したような気がしてふりかえってみた。以下だ。
■ 本歌取りとして、どの言葉を取り上げるか
これやこの
しるもしらぬも
■ この二つ、これは、いろいろ詠みこむことができるのではないか。
■ 先にも上げたが、もう少し自由に書いてみよう。
  • これやこの 来るも帰るも 集いては 知るも知らぬも 居酒屋の席  遊水
■ 同音異義語として、・・・
■ としたが、もちろん、これにこだわることはない。
■ そうすることにより、広がりも出るだろう。
■ 例えば、
  • これやこの 来るも帰るも 集いては 知るも知らぬも 東京の街  遊水
■ こうすることにより、蝉丸の世界から別の世界に移ることもできるだろう。
■ 日本に観光で来る人も増えたようだ。
■ そんな光景を動画で見ると、こんな歌もできた、ということだ。
■ ここで google 翻訳してみた。


■ 自動翻訳はまだまだ、だ。
■ 英語をよく知る人は、詩として洗練されたものにもできるだろう。
■ 蛇足ながら、・・・
■ 蝉丸の「これやこの」は「逢坂の関」を指していて、同様に、ここでは「東京の街」を指している
■ また、「知るも知らぬも」は、お互いに知らない、初めての人であったとしても、という意味だ。
■ こんなことを書いていた。
② --------------------------------------------------
■ そして、また、次のように書いた。
■ 最後の「東京の街」の部分だが、最初、新宿より渋谷がいいかな、と思っていたが、うまくまとまらなかったのを思い出した。
■ そこで、もうひとつ

これやこの 来るも帰るも 集いては 知るも知らぬも 東京の街
これやこの 来るも帰るも 集いては 知るも知らぬも ハチ公の前  遊水

■ これだと、訪日客にも伝わるような気がした。

意識して 春夏秋冬 四句八句 できも不出来も 書き留めてゆく  遊水
これやこの カルタ遊びの 百人首 知るも知らぬも 競い合う席

■ 百人一首を素に本歌取り的に短歌を作るのも勉強になる。
■ 百人一首がわかるようにするためには、初句をそのまま使うのがいいかも。
■ これだと、訪日客にも伝わるような気がした。と書いたが
■ 言葉の壁は厚い。互いに理解できる、と思わない方がいいのかもしれない。
③ --------------------------------------------------
■ 2024-08-26
■ 昔から、関所は幾つもあり、国の安定・安全のため、国境の出入り口で、武器や情報の出入りを監視していた。
■ 入り鉄砲、出女だ。
■ 今でも基本的考え方は、原則変わらないはずだけれど、現実はどうか。
■ それはさておき、
■ 逢坂の関という名前の由来を知るべきなんだろうが、・・・
■ 蝉丸の歌に限ってみれば、出会いの門とするのがいいのかもしれない。
  1. この場所が
  2. 出てゆく人も
  3. 帰ってくる人も
  4. たとえ別れても
  5. 知っている人もいるし
  6. 知らない人もいるけれど
  7. 再び出会う
  8. 関所なんだ
■ ちょっと google 翻訳してみよう。


■ 最後の「関所なんだ」の所を welcome port とか、単に airport としてもいいのかも。
■ 「逢う」はロマンチックな意味合いで使われることが多い。
■ と、記す辞書もある。
■ 特別な場所なんだ、とか、・・・
  • 愛の関所、love checkpoint とか、・・・
■ まあ、そんなことを考えながら。
Da capo --------------------------------------------------
■ 旅に出る人を「見送る」別れのとき、旅から帰ってくる人を「出迎える」再会のとき、
■ もちろん、普通に、出て行く人、帰って来る人、行き交い、顔を合わせる。
■ 多様な出会いがあり、それが、人生での出逢いになるかもしれない。

これが 逢坂の関

■ そんな感じで読んでいるけれど、google 翻訳では、うまく翻訳されない。
■ 仮名書きによる和歌、どれだけ理解されるだろうか、と危惧しないわけではない。
■ また、そのうちだ。
■ 追記、今昔物語を見ていると巻第二十四・第二十三・源博雅朝臣会坂の盲の許に行きたるの語、に次の二つの歌があった。1. は和漢朗詠集・下・述懐や新古今和歌集十八・雑下などにもあるようだ。2. は続古今集・十八・雑中。
  1. 世の中はとてもかくてもすごしてむ みやもわらやもはてしなければ  蝉丸
  2. あふさかのせきのあらしのはげしきに しゐてぞゐたるよをすごすとて
■ ついでながら、琵琶に流泉・啄木と云う曲有。ということで一応聞いてみた。
■ 源博雅はこれを聞きたくて三年通ったなどと書かれている。
■ さて、 

百人一首、の他に、
百人秀歌、がある。

■ ほぼ同じだが、全く同じではないので、ふたつとも存在している。
■ 細かい違いはいくつかあるが、まず大きなところから始める。
■ 百人一首には、百人秀歌にはない、後鳥羽院・親子の歌がある。
■ 百人秀歌では、源俊頼の歌が百人一首と異なる。

百人秀歌  山桜咲きそめしより久方の雲居に見ゆる滝の白糸  源俊頼
百人一首  憂かりける人を初瀬の山おろしよはげしかれとは祈らぬものを  源俊頼

■ 後鳥羽院は、俊頼の歌の姿を
  1. うるわしくやさしき様、の歌
  2. もみもみと、人は詠みおほせぬやうな姿、の歌があるとしている。
■ 定家も、「近代秀歌」にあるように、同調している。
  • これは心ふかくことば心まかせて、まねぶともいひつづけがたく、まことに及ぶまじきすがたなり
■ 千載和歌集 巻第十二、恋歌二、を見ると、
■ 詞書があり
祈れどもあはざる恋といえる心をよめる
■ としている。
■ 恋の歌が色々ある中で、この歌は他と違う表現であることが分かる。
■ 後鳥羽院や定家はその違いを見てとって評価した。その時点での評価を、正しく把握しているだろうか。現在の見方で評価し直すことも必要かもしれない。
■ 小説家の田辺聖子が
分かりにくい歌である。
現代からみると、こういう歌の、どこに値打ちがあるのか、よく分からない。
■ としている。
■ 面白い小説を書く彼女の評価は直感的な正しさを含んでいるようにもみえる。
■ だいたい、
  • 誰でも、「はげしかれとは祈らぬ」ものなので、そう祈るはずはない。
■ なので、
■ 私が詠むとすれば、次の歌だ。並べ置いてみよう。

うかりける ひとをはつせの やまおろしよ はげしかれとは いのらぬものを 俊頼
いのれども かぜのはげしき はつせやま かんのんさまの こころとどかず  遊水

■ こんな感じでもいいだろう。
■ 間接的だが、素直に心を伝えることができるだろう。
■ 頭で、もみもみ、こねこね、ねりねり、しないで、だだ、心のままに書けばよい。
■ ただ、なぜ後鳥羽院は「もみもみ」とした歌だと考えたのか。
■ 一般に、百人秀歌のあとに百人一首が作られたとされている。
■ 仮に、百人秀歌の方が先に作られていたとしたら、なぜ、最初から「憂かりける」を取り上げなかったのか。
■ 「まねぶともいひつづけがたく、まことに及ぶまじきすがたなり」ではなかったのか。
■ 後鳥羽院口伝に「うるわしくやさしき様」の歌としては「やまざくら」ではなく「うづらなく」だった。
■ 百人秀歌から百人一首に替えたとしたとき、「山桜」から「憂かりける」にする理由があるだろうか、ないようだ。

俊頼堪能のもの也。歌すがた二樣によめり。うるはしくやさしき樣もことにおほくみゆ。又もみもみと人はえよみおほせぬ樣なる姿もあり。此一樣則定家卿か庶幾するすがた也。うかりける人をはつせの山おろしよはげしかれとはいのらぬものを此すがたなり。又うづらなくまのゝ入江のはま風におばななみよる秋のゆふぐれ、うるはしき姿也。

■ 後鳥羽院・親子の歌を外した時、「憂かりける」の歌も、坊主憎けりゃ袈裟まで憎い的に外し、「山桜」の歌にしたといえそうだ、というか、「定家卿か庶幾するすがた」とされるのが気に入らなかったのだろう。
■ 定家は後鳥羽院の「もみもみ」という評価に最初同調したが、考え直したと考えられないか。
■ 定家の心理だ。これなら論理的だ。
■ しかし、逆にも考えられる。これは後で記すが、・・・
■ 要するに、百人一首が先で百人秀歌が後に作られた。
■ こう考えたとき、他の、理由が存在することに気付く。
■ 百人一首と百人秀歌の違いを細かく見てゆくと分かってくるだろう。
■ ほとんど同じ歌なので、歌の並びなどで、より定家の考え方が分かるだろうし、
■ 当然のことながら、違っているところに注目するべきだろう。
■ 100首の歌集であるためには、2首外したら、2首追加しなければならない。
■ 2首追加するために2首外した、とするならば、どれを外すか考えなければならない。
■ 100首に限定すると、百人秀歌の100首内に無い歌として、百人一首の96番の「花さそふ」の歌があり、101番に、いわば番外として、置かれている。
■ 番外にすることで、百人秀歌では3首追加できた。
■ 百首という形としては、百人一首、と、百人秀歌、で、次の3首が異なっている。

異なる3首

(099) 人もおしひともうらめしあちきなく よをおもふゆへに物思ふ身は  後鳥羽院  
(100) 百敷やふるき軒端の忍ふにも なを餘りあるむかし成けり      順徳院
(096) 花さそふ嵐の庭の雪ならでふりゆくものはわが身なりけり      西園寺公経

053  夜もすから契りしことを忘れすは 恋ひん涙の色そゆかしき     藤原定子
073  春日野の下萌えわたる草の上に つれなく見ゆる春の淡雪      権中納言国信
090  紀の国の由良の岬に拾うてふ たまさかにだに遭ひみてしがな    権中納言長方

■ 新古今集をまとめた後、定家自身
  • 「ふりゆくものはわが身なりけり」
■ という思いで、「嵐の庭の雪」という何か変な言葉遣いにもかかわらず、上の句にこだわることもなかったのだろう。
■ 3つの歌を、百人一首から外した時、百人秀歌が定家自身の歌集となったといえる。
■ 逆に、通説のように、百人秀歌が先にあり、3首外し、しかも、「花さそふ」を100首内に組み込んだとするのは、いかにも不自然だ。
■ 百人一首の、96、99、100、を外して、百人秀歌の、53、73、90、を追加した、とする方が分かりやすい。
■ 追加もばらばらの位置になっている。
■ 逆に、53と73と90、を外す理由は何か、他の歌を外してもよかったのではないか。
■ 他の歌より、これらが劣っていたのか。
■ そこで、53と73と90の、関連性は何かを問題にすることになるかもしれない。
■ とにかく、番外とした西園寺公経の「花さそふ」を100首に組み込む意味があるのか分からない。
■ ついでながら、「花さそふ」の歌としては、西園寺公経の歌より、宮内卿の歌の方が格段に優れている。

花さそふ比良の山風吹きにけり漕ぎゆく舟のあと見ゆるまで  宮内卿
花さそふ嵐の庭の雪ならでふりゆくものはわが身なりけり   西園寺公経
吹く風に庭の桜の雪ならでふりゆくものは我が身なりけり   遊水 

■ 嵐でなく、あっさり、「吹く風に」でもよかったように思う。
■ 「花さそふ」という言葉を使いたかったのかもしれないが、「花吹雪」つまり「桜の雪」だろうけれど、「嵐の庭の雪ならで」は言葉遣いとしては不自然で駄作といわざるえない。
■ ところで、宮内卿の歌はうまいけれど、素人的には次の歌でもいいかもしれない。

花誘う比叡おろしに桜花 漕ぎゆく舟のあと見ゆるまで   遊水
その上を歩いて見たくなるほどに水面にうかぶ桜なるかな  遊水

■ さて、
■ もう一度、「うかりける」に戻ろう。
  • 憂かりける人を初瀬の山おろしよはげしかれとは祈らぬものを
■ 最初、この歌を詠んだとき、「初瀬」「長谷」「大泊瀬幼武 おおはつせわかたけ」のことが頭に浮かんだ。
■ 万葉集の最初の歌の男だ。
■ 名前を知らなければ、今でも知り合ったことにはならないが、
■ お前の名前は何だ、俺は大和の国を平らげた者で俺から名乗ってやる、などと相手の女を強引に得ようとする歌だ。
■ 以前、次のようなことを書いた。
■ 一文字変えてみた。

うかりける ひとをはつせの やまおろしよ
うかりける ひとははつせの やまおろしよ

■ このようにすると、次のようにも考えられる。
「憂かりける人」は「初瀬の山おろし」のような人で
激しい気性の人だ。
■ 国を治める立場の人は立派で穏やかな人であってほしいと民は願う。
  • 激しかれとは祈らない
■ しかし、長い歴史上には、必ずしも、望ましい人ばかりではなかった。
■ そうした古い歴史を思い浮かべながら、
■ 身近な実らぬ恋と、重ね合わせることもできるような歌だともいえる。
  • ワカタケル かれははつせの やまおろしよ はげしかれとは いのらぬものを
■ のちに雄略天皇と呼ばれるワカタケル、ワカは未熟を意味する、猛々しい者だった。
■ 日本書紀に、こんな記述がある。
「日頃から乱暴で恐い。にわかに機嫌が悪くなると、朝にお目にかかった者でも夕方にはもう殺され、夕にお目にかかったものでも翌朝には殺されます」
■ あるいは、性的不能を隠すためだったかもしれないが、恐れられていた。
■ 初瀬観音というのがあるそうな、・・・
■ 長谷寺には行ったことがあるが、その時は何も考えてなかった。
■ 観音像が設置されるのは、人が「優しさ」や「慈しみ」を願い求めるからだ。
■ 幸せならば、神や仏に願いすがることなどない。
■ 逆に言えば、厳しい現実の世の中だったことを意味する。
■ 菅原道真を祭るのも祟りを恐れてのことという側面がある。
■ 同様だ。
■ 長谷寺は、源氏物語でも、九州から都に戻った夕顔の娘・玉鬘が行った寺だった。
■ 要するに、昔から、有名な寺だった。
■ なぜ有名だったのか、そして、長谷寺はなぜあの場所に建てられたのだろうか。
■ そんなことをぼんやり考えていたら、ワカタケルに思い至った。
■ 思い過ぎかもしれないが、普通なら、はげしかれとは祈らぬものだから、俊頼の歌心に疑問が生じたのだ。
  1. 西園寺公経の歌を番外にした。
  2. 俊頼の歌を入れ替えた。
■ この二つが、百人秀歌が後に作られたとする証拠だ、といえるだろう。
■ 後で書くが、他にもある。並びを見ていると気づく。
■ 個々の歌を読む場合どちらでもいい。むしろ作者名はかえって鑑賞の邪魔になるともいえるが、
■ 百人秀歌が後にできたとすると、後鳥羽院がないので、淋しい。
■ やはり彼の歌にも触れるべきものだろう。
■ というのも、最初は、百人一首は最後から読んだ方がいいような気がしていた。
■ 一番いいのは、だいたい、最後に置くと思ったからだ、
■ しかし、最後は「ももしきや」で、「百」があり、それゆえに、百人一首としては、これを最後にするのがよい。それにしても、後鳥羽院は定家にしてみれば、恩義があることだし、無視するわけにはゆかず、99番に配置したのかもしれない、などと思い、では、後鳥羽院のこの歌が最後で本当にいいのかと考えた。
■ そんな経過で「ひともをし」が気になっていた。
■ そして、ある時、自分自身のことも絡めて、次の歌にした。
  • 人もをし人も恨めしあぢきなく世を思ふゆゑにもの思ふ身は   後鳥羽院
  • あの頃の 愛と妬みと 裏切りの 世を思う故 もの思う身は  遊水
■ 1234年5月13日、73歳の日記「明月記」に後鳥羽・順徳院の環京運動が記載されているようだが、環京運動は九条道家や摂政教実らによって行われたようで、定家が直接行動を起こしたわけではないようだ。そして鎌倉に拒否されている。
■ 後鳥羽院には他にもいい歌がありそうだが、定家はどのような意識でこの歌を選んだのか、それぞれの年齢を考え、当時の歌の世界では頂点に立つ定家と、罪人として島流しにある者、であることを考えれば、定家が関係を断ち切ったとして不思議ではない。
■ 家隆は、隠岐にも行ったようだが、定家は、冷静だったようだ。当然だろう。
  • 鎌倉と 戦し破れ 流刑地の 隠岐の島なる 天の高さよ  遊水
■ 心をを寄せるべくもないのだ。
■ 後鳥羽院の歌は後の時代の人が付け加えたという説もあるようだが、
■ 定家自身が外したとするのが論理的だ。
■ 前書きの前が長すぎた。