2024年5月12日日曜日

新聞紙、と、哲学、と、私を変えた一冊

なやみのとびら - Google 検索 回答者は適当な時期に変更になるが、いまのところ
石田衣良(作家)
湯山玲子(著述家)
美村里江(女優)
中園ミホ(脚本家)
大石静(脚本家)
山田ルイ53世(漫才師・作家)
平岳大(俳優)
■ うちの奥さんは、湯山玲子の回答は面白いと言っていたが、写真を見ると、えええっ、と。
メンズ温泉 ダイジェスト - YouTube TV見ないので知らんかった。
出会いはいつも八月 ガブリエル・ガルシア=マルケス - Google 検索 2024-05-11、日本経済新聞・読書欄に書評があった。
ローマ人の物語 - Google 検索 これ、かなり長いがオモシロイ。

■ 2024-05-12
■ 「あすへの話題」2024年1月4日~哲学者、の話があったので、ちょっと、どんなものか読んでいたが、
■ 先日、
「私はこの問いの前で十年以上も立ち尽くしている。私は自分のために哲学しているのだけれど、できることなら多くの人たちが人生を良く生きるためのツールとして使ってほしいとも思っている。」
■ などと書いていた。十年以上も立ち尽くしている人間に他の人が救えるとは思えない。
■ 人々にとって「なやみのとびら」の方がずっとマシなんではないか。
■ 人生相談、というテーマ?は、まあ、古典的世俗的なもので、今でも占いも廃れていない。
■ 新聞紙にはいろいろ面白いモノがあって、それをきっかけに、何かを見ると、まあ、ダメな哲学者よりよっぽどオモシロイ。ちょっと、湯山玲子のおしゃべり動画を見た。
■ これ、結構面白い。
■ この中の一つだった。
■ また、暇なときに、他の人の一冊も見てみよう。
■ ついでに、・・・


新聞紙、と、ことば、共通性

絶句類選評本

■ 2024-05-12
■ 情報の媒体として、新聞・紙をどうとらえるか、
■ そんなことを書こうと思っていたが、たまたま、コウライウグイスの動画を見たので、
■ 漢詩の方に興味が移った。
■ ・・
■ 日本経済新聞を購読していて他の新聞は知らない。
■ 野球好きの内の奥さんは、時々スポーツ新聞を近くのコンビニで買ってきたりするが、
■ そこに何を求めるかだ。
■ 私の場合は、ニュースを求めているのではないので、
■ 新聞をnewspaperとしてとらえると、違和感がある。
■ 偏向報道という面をとらえて、新聞、TV、は廃れていくという捉え方があるが
■ 新聞やTVに事実性や真実性を求めてないので、どうかな、と思う。
■ いつだったか、YouTube で行楽シーズンのTV局動画があった。
■ 見ると紅葉がまだ早いように見えるのに、
■ 紅葉の名所に外人客が集まっている、などとしゃべっている。
■ 馬鹿ではないか、
■ まあ、いい。
■ 新聞紙のいいところのひとつは、広告にある。
■ 新聞広告というのは、広告主が様々で、興味がなければ見なければいい。
■ インターネット広告のように押しつけがましくない。
■ そして、広告の中で、本、書籍、はインターネット上でどのように扱われているのか、
■ 本を読まない人は、本屋にも行かないだろう。
■ 本屋に行ってぶらぶらするその感じは、新聞紙の頁をめくる感じと同じだ。
■ ・・・
■ さて、新聞紙の話はそのうちまた、ということで、
■ 砂漠で、日の丸印は受け入れられず、月や星は親しまれるかもしれない。
■ リービ英雄さんが、
  1. 東海岸のプリンストン大学から
  2. 西海岸のスタンフォード大学に
■ 移り、日本文学に関する講義をする虚しさを「there」のないカリフォルニア、に書いている。
■ 四季、とか、季節、のない地域で、
■ 枕草子の、春はあけぼの、冬はつとめて、などと言ったところでなんの意味もない。
■ 今の都市化?したチャイナーは興味はないけれど、
■ 漢詩の場合、季節感があり表現されているのがあるので、親しみやすい。
■ もう一度、並べ於いてみよう。

はるのひかりに みちあふれ
はなもみどりも はれやかに
だけどこころは しずみがち
まだうぐいすの こえもなく  遊水

滿 眼 春 光 色 色 新
花 紅 柳 綠 總 關 情
欲 將 鬱 結 心 頭 事
付 與 黃 鸝 叫 幾 聲  朱淑眞

まばゆき春のなかなかに
花もやなぎもなやましや
むすぼほれたるわが胸に
啼けうぐひすよ 幾聲に  佐藤春夫

■ ことばは、ある共通性の上に存在するので、・・・
■ 共通基盤がなければ、新聞やTVの報道の虚構、偏向性は当然存在する。
■ 事実は言葉の中にあるのだけれど、
■ 言葉の外面からだけでは分かりにくい面は、新聞ばかりではなく詩歌についても同じだ。
■ そんなことも考えながら、自他との共通性について感じてみたらいい。
■ ついでながら、
■ リービ英雄・日本語の勝利、アイデンティティーズ、この本の題名だが
■ 題名は著者本人がつけたのか、出版社がつけたのか知らないが、
■ アイデンティティーに相当する適当な日本語がないのか、その辺が、
■ 彼にとって本当に「日本語の勝利」といえるのかどうか、という疑問を持った。
■ ・・・

2024年5月11日土曜日

赤い目のエナガ、と、メジロ

■ ノジコはうまく撮ったことがないので、撮りたい鳥だ。

■ 2024-05-11
■ 5/9に、海老池のキビタキを撮った、と聞いた。
■ まだいるようだ。
■ 中学校の裏あたりでキビタキが鳴いていた。
■ 他に、コガコの池で泳ぐ蛇とかも撮った。
■ バラ園の話を聞いた。↑


2024-05-11  吹田市・コガモの池・東


2024-05-11  吹田市・コガモの池・東


2024-05-11  吹田市・コガモの池・東


2024-05-11  吹田市・コガモの池・東


2024-05-11  吹田市・コガモの池・東


2024-05-11  吹田市・海老池・北・集合住宅


昔、千里南公園にコウライウグイスが何日かいた

■ 2024-05-11
■ 南千里駅や山田駅に「鳥の絵」がかかっている。
■ こんな感じだ。
■ 何年か前のコトだけれど、
  • あれ、もう、あらへんで
■ という虚言癖の女の言葉を信じるかどうかは別にして、
■ 吹田市・千里南公園で、以前コウライウグイスが鳴いていた、と。
■ 他の人からも、、樫木公園や大阪万博公園でも観察?されたと聞いた。
■ いわゆる、セカンドオピニオン、的事実だ。
■ そして、あの図鑑の写真はその時のモノだと。
■ そんな伝説は受け継がれていることはないかと思う。
■ 私は見たこともないが、
■ しかし、まあ、可能性はないことはない。ある、と思う。
■ スマホで他人のインスタとかを見て行動する人には無縁だと思うが、・・・
■ のんびりとした探鳥をする人は、色々鳥の声を知り楽しむのがいい。
■ 撮影が探鳥ではない。
■ 先日、おれ、ほとんど全部撮ったけどツツドリやカケスを撮ったことがないという人がいて、
  • ツツドリの丘、ってどこですか
■ と訊かれた。
■ 日本の野鳥は600種ほどだ。
■ 半分は水鳥だとしても、まあ、かなりの数だ。
■ どんな撮り方をしているのか、どうせ屑だろうと思わざるをえない。
■ そんな人に何度も出会ったコトがある。
■ 数を、
■ ・・・
■ まあ、いいか、人のこと。

付與黃鸝叫幾聲、と、まだ鶯の声もなく


orioleの意味・使い方・読み方|英辞郎 on the WEB (alc.co.jp)

■ 2024-05-11
■ 昨日、こんなリンクをした。
■ コウライウグイスはハングルで書けば、そしてgoogle 翻訳すると
  1. 꾀꼬리 kkoekkoli 発音
  2. 轟尾 Todoroki o
■ 꾀꼬리とは、ウグイスの韓国語ページ Kpedia 読み方:꾀꼬리、kkoe-kko-ri、クェッコリ
■ 中文や英語では視覚的名だが、
■ ハングルの場合は、カッコーなどと同じように鳴き声からの名称のようだ。
■ さて、漢詩について書こうとしていたが、リンクした動画で横道にそれた。
■ コウライウグイスと鶯では鳴き声が違う、また、コウライウグイスの鳴き声がどような感情表現になるのか、google翻訳では「愛情」とあるが中文での「情」の意味をよく知らない。どうしようか、と思った。佐藤春夫の訳詩のように「なやましき」という言葉を使ってみるのがいいか、どうかと思ったが

滿 眼 春 光 色 色 新
花 紅 柳 綠 總 關 情
欲 將 鬱 結 心 頭 事
付 與 黃 鸝 叫 幾 聲  朱淑眞

はるのひかりに みちあふれ
はなもみどりも はれやかに
だけどこころは しずみがち
まだうぐいすの こえもなく  遊水

■ 訳するということではなく、日本語の詩として書いた。

2024年5月10日金曜日

チュウシャクシギ、と、コウライウグイス


■ 2024-05-10
■ ・・・
■ そうだ、以前チュウシャクシギの動画撮ったことあったような。
■ ちょうど今頃だった。
■ 渡りの時期で、動画だから、まあ、昔も今も変わらん、ということだ。
■ この頃の動画を撮ったカメラ、三脚の方が高かったが、まあ、悪くなかった。

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158 回視聴 2010/05/11


■ 今、このあたりは工事中で行けないかもしれない。
■ 以前も、このチュウシャクシギの動画を取り上げたコトがあったような気がして、
■ ブログ内検索してみた。
■ これだった。
■ ・・・
■ ひとつ前の頁に、コウライウグイスの動画をリンクした。
■ 先日、春夫詩鈔について少し書いたが、佐藤春夫が訳している漢詩にも出てくる。

  春ぞなかなかに悲しき
 
滿 眼 春 光 色 色 新
花 紅 柳 綠 總 關 情
欲 將 鬱 結 心 頭 事
付 與 黃 鸝 叫 幾 聲  朱淑眞

まばゆき春のなかなかに
花もやなぎもなやましや
むすぼほれたるわが胸に
啼けうぐひすよ 幾聲に             

新聞の話、と、キビタキ

261,162 回視聴 
■ 電線の盗難記事に関連して、ちょっと、google で動画検索してみた。 
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トレーニングは簡単で、簡単な基​​本スキルを身につけることができます
吊り下げ罠を使ってコウライウグイスを捕まえる
꾀꼬리 4 k 허종태 나그네 (youtube.com) こういう動画を見ていると、自分で撮らなくてもいい。

■ 2024-05-10
■ 先日、新聞のコトに関するYouTube があったので、どこかにリンクしたが、
■ 人々の新聞とは何か、と、私の感じはちょっと違っているのかな、と思った。
■ 新聞は読まれなくなっていると、言われる。
■ 若い人は新聞離れしている、スマホでネットから情報を得るので、不要だ、とか。
■ 今いる集合住宅で、ごみ収集日の新聞の量をみると、定期購読している家庭は少ないようだ。
■ 以前、・・・
  • 新聞によりますと、
■ ・・・などいう朝のTV番組があったように思う。
■ 新聞が事実を伝えないということが分かってくると、それも二番煎じ、三番煎じの無意味か。
■ YouTubeでも、TV報道、とか、他の動画配信を元に、~によりますと、などとやっている。
■ 同様だ。
■ 新聞をニュース源とするなら、ニュース源がインターネットに置き換わるだけだろう。
■ 私の場合、何かの、きっかけ、として新聞・紙、を見ている。
■ なんでもいいのだが、ひとつ、取り上げてみた。↑
■ また、ニュースというより、文化的側面に眼を通すことが多い。
■ 新聞紙上の文化欄、とか、新聞小説、いろいろな囲み記事、書評、随筆、など、広告とか、死亡記事、も
■ そして、必ずしも、それ自体の内容ではない。
■ やはり、ひとつのきっかけとしてだ。

片足立ちで、リラックスしていたようだ。

2024-05-10  吹田市・千里南公園


2024-05-10  吹田市・千里南公園


2024-05-10  吹田市・千里南公園


2024-05-10  吹田市・千里南公園


2024-05-10  吹田市・千里南公園


2024-05-10  吹田市・千里南公園


2024-05-10  吹田市